ひと恋ひらり(中)



いつの間にか、ずっとにおが俺の隣にいて笑ってくれていたらいいのに、とか柄ではないことを考えるようになっていた。
そんな時だった。風の噂で、におの家族が離婚したというのを知った。元々、噂など気にしない性格なのだがその時は違った。噂を信じた訳ではない、俺は前に屋上で見てしまったから。
屋上でひとり、泣く姿を。におは俺の存在など気付かず泣いた。俺は慰めることも出来ずその場に立ち尽くした。

屋上へと続く階段、長身のせいで階段あたりから屋上の景色が人より早く見えてしまう。

「―――…にお、」

泣いてはいない。だけど何処か泣き出しそうな表情。その表情のままにおは空を仰いでいる。空は快晴、俺が好きな銀髪が秋風でなびいて綺麗だ。そう、見惚れる程にそのにおの姿は儚く綺麗だった。
消えてしまうのではないか、ふとそんな思いが浮かんで俺はわざとらしく音をたてて残りの階段を登った。
振り返ったにおは、先程の表情が嘘だったかのように俺を振り返るとにこりと嬉しそうに笑った。

「ちぃ、デカイいから目立つのぅ。来たのが直ぐにわかるぜよ」

ケラケラと軽快に笑うにおの頭を軽く撫でてから俺もにおの隣に腰かける。

「何言っとうとー。におの銀髪の方が目立つばい」
「ピヨ。そうなんじゃ、この髪色滅茶苦茶目立つん。…染めようか」
「あ、それはいけんと!その銀髪におに似合っとうけんね!」

少し短いその銀髪を指先で煽るとにおは複雑そうな顔をしながらも俺の手を拒むことはしなかった。
暫く煽っていると強い風が俺達の間を通り過ぎ、俺は一瞬目を閉じる。その時におに触れていた手も離れてコンクリートにつき、惜しいな、なんて思った。
におは、また空を見ていた。俺もまた、におと同じように空を見上げる。雲ひとつない空は太陽だけが光輝いていて眩しくて無意識に目を細める。

「ちぃ、人から、相談された話なんじゃけど」

におが口を開く。俺はそれを何でもないことのように流すフリをした。俺は知っている、悩み事などを素直に出来ないにおはよく人の悩み事のように話をし出すのだ。そして、その時はいつも声音が低くなる。

「いつもな、いつも殴られる。そん人の父親がな、酒が入ると暴力的になるんじゃ。嫌じゃった、嫌なのに、逃げられん。やって…、」

におは一度深呼吸するかのように息を吸い込んだ。

「自分が殴られんと、母さんが、代わりに殴られる」

隣から聞こえる震える声に俺は思わずにおを引き寄せて抱き締めていた。首根元を短く柔らかな銀髪がくすぐる。何も言えない、俺には慰める言葉が見つからない。だけど、この気持ちが伝わればいいと思った。

「ちぃ、――千歳、千歳千歳千歳ぇ…!」

泣いているのか、仁王は叫ぶみたいに俺の名前を呼ぶから。腕の中の仁王が愛しくて、俺は仁王を抱き締める力を強めた。伸びてきた仁王の手は、俺の背に回り引っ掻くようにしがみついてくる。

このまま時間が止まってしまえばいいのに。そうしたら仁王を独りにしなくていいし、俺がずっと側にいてあげられるのに。







2010.11.17



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