ひと恋ひらり(前)



転入してきた白髪のそいつは自己紹介のときに仁王雅治とだけぶっきらぼうに呟いた。先生が話すには今まで転校を繰り返して来たらしい。前の学校に仲のいい友達でもいたのだろうか。まぁ俺は桔平がいたら別にどうでもよかけんね。少しだけその転入生のことが気になったがそう思い直して机に突っ伏した。

そんな転入生と関わりを持つことになったのは学校の帰り道ふらりと立ち寄った公園でのこと。
小学の低学年にしては伸びすぎた身長のせいでランドセルが窮屈で仕方がなくてため息を吐いた。ふと人の騒ぐ声が聞こえ、顔を上げるとジャングルジムのところに俺と同じ小学生が集まっていた。数人が一人を囲んで何やら罵倒している。いつもなら面倒くさいからと通り過ぎるのだが、見えたのがあの転入生だった為か何故かそちらに足が向いた。近付いてみると転入生を囲んでいたのはクラスの中でも苛めっ子体質な奴らばかりで。
転入生は唇を噛み締めて言われるがままになっている。その目には今にも泣きそうに涙が溜まっていて少し可愛い。確かにこんな反応をされれば苛めたくなるのも分かるが、なんとなくそれが気にくわなくて声をかけた。
集団で一人を虐めるとか、すかんけんね、それだけばい。

「なんばしよっと」

そうなるべく穏やかに言ったつもりだったのに、怒っているような低く怖い声が出てしまった。途端にびくりとし振り返るクラスメイト達は千歳を見ると罰が悪そうにお互いに視線を交わした。そして一人が声をかけ、逃げるように去っていった。
転入生の口元には殴られた跡のような赤い痣があった。上から見下ろしているから転入生の鎖骨あたりも覗けて、その薄さに驚く。そしてそこにも青アザが見えた。俺が来る前にも殴られとったと?なんて馴れ馴れしく聞けるはずもなく俺はそっと手をさしのべるだけにしておいた。
転入生は俺の手を掴むとのそりと立ち上がりズボンについた砂埃を落とす。

「…口、痛そうとね」
「いつものことじゃけぇ、このくらいなら大丈夫ナリ」
「服の下とか、もっとありそうばい」
「なんじゃ、気付いとったん」

転入生はきょとんとした表情で俺を見上げる。気付いとったてどげんこつ?首を傾げたら転入生はしまった、という顔をしたから踏み込んではいけないことだったのだろうか。

「まぁ助かった。ありがとさん」

へらりと笑うと転入生は駆け足で去っていった。
変な子ばい。まぁ特殊な子ほど虐められるか敬遠されるかやけんしょんなかね。あの子は、虐められる側だったという訳だ。
それにしても何故助けてしまったのかが不思議だった。いつもなら放っておくのに。

「めんどくさかぁ」

考えても仕方がなか。わからんもんはわからんばい。

それから何度か虐められる転入生を見かけて、助けてを繰り返していたらいつの間にか俺は転入生とそれなりに一緒にいるようになっていた。
転入生は俺を見かけると「ちぃ」と俺を呼んで駆け寄ってくる。なぜ「ちぃ」なのか聞いたら「なんとなく」らしい。そう言う俺も転入生のことを「にお」と呼んでいるのだが。理由はやはり「なんとなく」だ。…というか、におは何故桔平のことは「橘」と言う癖に俺は「ちぃ」なんだ。解せないが気まぐれで猫みたいなにおだから、と思っておくことにする。

「ちぃとおると楽じゃあ」
「いきなり何ね」
「いきなりじゃなかよ。いつも思ってることじゃ」

隣でにおがくすくす笑った。シャボン玉を膨らませて、飛ばす。それを何度か繰り返すと周りはシャボン玉でいっぱいになっていた。

「ここに転校してきて良かったんかもしれんの」

何気ない会話。におと二人でいる時は時間がゆっくりと流れている気がする。におと過ごす時間は嫌いじゃない、そう思えた。
気がつけば、におが来てから一年と半月が経っていて、俺達は中学生になっていた。季節は夏に移り変わろうとしていた。

俺といるようになって虐めはなくなった筈なのに。一年も過ぎたというのに。まだ、におの身体から青アザは消えない。





2010.11.15



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -