声を殺して泣いた



そう、泣くのはいつも俺。

肌寒さに目を覚ましベッドから身を起こす。窓を見るとカーテンであまり見えないが外は真っ暗やった。ちらりと窓からベッドに目線を寄越すとベッドの端に背を向けて眠る一人の姿があった。
「…ユウジ先輩」
名前を呼んでみるが聞こえるのは規則的な寝息のみだ。俺は小さくため息をつくとベッドの下に散らばった自分の服を手繰り寄せる。
俺とユウジ先輩は所詮セフレちゅうもんや。それでも俺はユウジ先輩が好きやった。ユウジ先輩は、小春先輩が好きなんやけど。

最初にこんな不毛な関係になったのは、中学二年の夏。全国大会で準決勝で破れた日。部長も謙也さんも遠山もみんな悔しそうで、見ていられなくて俺は皆の元から少し離れた。
部室の裏にある木の下。丁度部室のおかげで影になっていて俺のお気に入りのサボり場所や。…そこに、ユウジ先輩はいた。

『ユウジ先輩…?』
小さく見えたその背中に声をかけるとびくりと肩が跳ねた。
『五月蝿いっ!あっち行けや!』
『なんやねん。何かあったんすか。他の先輩らと一緒で負けて悔しいん?』
『五月蝿い言うとるやろ!』
ユウジ先輩が好きやったから、よう見てたけどユウジ先輩は試合に負けて泣くような人やない気がした。むしろ皆を慰める役をする人や。

『…それとも、金色先輩にフラれた、とか?』
からかったつもりやった。
いつもやったら『死なすど!』とか言いながら怒ってきたからそう言ったら普段と同じように接してくると思った。
でも、予想とは違った。ユウジ先輩は驚いたみたいに振り返ってこちらを見てきた。ユウジ先輩の目はめっちゃ赤くなっていて多分今まで泣いてたんやてことが分かるようや。

『ほんまにフラれたんすか?』

『…悪いか』
ユウジ先輩は罰が悪そうにそっぽを向く。そんなユウジ先輩を見ながら俺はチャンスやて思った。金色先輩から、ユウジ先輩を奪うチャンスやて。

やから、俺は判断を誤ってもた。

『慰めてやりましょうか、…体で』
その後覚えているのは目を見開いて驚いているユウジ先輩の表情と、すぐに襲ってきた噛みつくようなキスと、体を裂くような痛みだけ。
今は痛みなんかより快楽の方が強いんやけど、慣れるまでは酷かった。ユウジ先輩は手加減なんかせんかったし、勿論優しくするなんか論外。…最中に呼ぶのは、金色先輩の名前。
「こんなん、片思いしてた頃と何も変わらへんやんか」
俺は背を向けるユウジ先輩を見つめる。
一年経った今でも、この心は変わらない。むしろ強くなったくらいや。
俺はユウジ先輩に向かって手を伸ばしかけて、やめた。伸ばしたところで握り返してくれることなんかない。
ただ隣に立って笑いたかっただけやったのに。そう考えると涙が溢れて止まらない。一度だけでもいいから、俺の名前を呼んで欲しい。笑いかけてほしい。もう叶わない願いだけれど。
零れる涙を拭うこともせず俺はシーツに顔を埋めた。
この涙ごと、俺の気持ちを流し去ってくれればええのに、なんて思いながら目を閉じた。




…実はユウジ先輩が起きていて、毎晩俺が泣いているのに気が付いているやなんて、知らなかった。そしてその度にいつも優しく頭を撫でていてくれていたやなんて。

俺達は、すれ違う。
今はまだ、お互いに気づかないまま。





2010.7.22光誕より

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