熱情伝染



部長が、俺のことを特別な目で見ていることなど分かっていた。自意識過剰とかやない。例えば部活のときとか、移動教室のときにすれ違うときとか。謙也さんや遠山を見る目とは違いすぎるそれに自分でも驚くほどに体が熱くなる。
わかってる、部長だけやなくて俺もそうだってことくらい。でも、認めたくない。…だって、こんなのおかしい。部長も俺も男で、こんな感情持ってるやなんておかしいはずなんや。
「財前、この後用事あるか?」
部活が終わり着替えているとき、ふいに背後から部長の声がして思わずびくりとした。振り返ると部長がロッカーに背を預け腕を組んでこちらを見ていた。一々様になるんも、それがキザに見えないのも部長やからなんやろう。
「今日寄るとこあるんで」
「付き合うで」
「いや、でも、迷惑かけそうやしええっすわ」
「じゃあ、この後少しでええから時間くれへん?財前に大事な話あんねん」
「…、しゃーないすわ」
にこりと笑った部長にどくんと心臓が高鳴ったのを感じて俺は思わず顔を逸らす。アカン、どないしよう。片手で胸元を掴んで高鳴る心臓をおさめようとしてみたが、おさまる気配はない。
他のレギュラーはもう帰ってしまっていたから部室には部長と俺の二人だけ。
部長の、視線が俺に突き刺さるみたいに感じて手が震えた。
「財前」
着替えに集中しようと意識を逸らしたのがあかんかった。気がついたら部長が背後に立っていて、覆い被さるみたいにして俺の真横に手を置く。
ふっと部長の影が俺を包んで、その影の濃さが俺と部長の今の距離を指しているみたいで体が無意識に震えだす。
「用事あるんやろ、そないゆっくり着替よったら時間なくなるで?」
「…っ、やったら退いて下さいよ」
「着替えられへん?」
部長が後ろで笑ったのがわかった。ぐっと密着されてボタンを閉めていた手を包帯の巻かれた手で包まれる。
部長に触れられた部分が熱を持ったみたいに熱かった。
「なぁ、気づいとるんやろ」
ふいに部長の声が優しくなって、そのまま抱き締められた。
アカンのやて、そう分かっているのに前に回る手を振りほどけない。
「な、にを?」
「わかるやろ、財前。」
「知らん…!俺は何も知らへん…!」
「もう遅いで」

ぐっと肩を掴まれ部長と向き合う形になる。端正な顔がすぐ近くにあって、それだけで泣き出しそうになった。やって、アカンやろ?俺らは部活の先輩後輩で、一緒に大会に出た仲間で、それで男同士やんか。なのにこんなのアカンやろ…!
「やめてや!部長、お願い、部長…!!こんなんアカンの、まだ、俺は、まだ」
気付きたくなんかなかった。
普通の先輩後輩でいたかった。普通に笑っていたかった。
「財前、逃げんでや」
気がついたら床に座り込んでいて、部長に先程とは比べ物にもならないくらい強く抱き締められていた。
「財前、好きや、お前が好きや。お前が好きなだけなんや」
切羽詰まったような声に上を向くと目が合った。嗚呼、またその目や。そして、部長の目を見た瞬間全てが決壊した気がした。
部長があんな目で見つめてくるから、そんな愛しいものを見る目で見つめてくるから、俺にも移ってもたやん。
部長が好きやなんて、思ってしまったやないか。
「酷い、部長、こんなん酷い」
もう戻れへんやんか。
もう二度と、戻れない。
「ごめん、財前。お前が好きやねん」







2010.7.20光誕より

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