黄昏時に消える



※とおりゃんせの続編です





あの人が俺を呼ぶ声が酷く心地よかった。あの人が俺に触れる度体が熱くてどうしようもなくなった。今、俺はあの人を求めている。
きっとあの時、あの細道を見つけた瞬間にはすでに俺は魅せられていたんだ。だからだろう、再びあの細道を見つけたとき俺は迷わず足を踏み出したんだ。

「いらっしゃい」
暫く進んでいたらふいに真上から声がして見上げると大木に腰掛けたあの時の、男。どくん、と心臓が大きく鳴った。あの日男に出会い身体を重ねてから俺はおかしくなってもた。
何をしていても頭の中にこびりついて離れない彼の姿。最後に悲しそうに微笑んだ表情がずっと消えへんかった。
すとん、と大木から身軽に降りてきてたかと思うと男は心底嬉しそうに笑い俺の前に立つ。手を伸ばしてきて、その手が俺の頬に触れた瞬間ピリッと電流が流れるみたいに感じて触れられた場所があつく熱を持った。
「あんな目に合ってまた此処にきたってこつは、期待しちょるって思っても良か?」
アンタこそ、あんなことをしておいて、なんでそない無邪気に笑ってまた俺に近づくん。
「…おん」
ドキドキする。ゾクゾクする。こくりと頷いてその広い胸にしがみつくと背に腕を回す。男も俺を抱き寄せてくれて、お互いの体温が心地よかった。
「光、…――い」


***

「もう此処に来たらいけんよ」何も纏っていない生まれたままの姿の俺に、男は――…千歳さんは千歳さんが着ていたものと同じ真っ白な着物を羽織らせた。だけどそないなこと気にならへんかった。やって、此処にきたらアカンてどういうこと?もう一度身体を重ねて、俺、わかってもたん。わかったのに、俺はまだアンタに伝えてない。
「…なん、で?」
「戻れんくなっけん」
思わずぐっと背伸びをして千歳さんの口元に唇を寄せるが、彼はその大きな手で俺の口を覆い拒んだ。キスするんも、アカンの?泣きそうになって見上げれば同じく悲しそうに微笑んだ彼と視線がぶつかった。
「今此処で口付けを交わしたらもう元の世界には戻れんよ。覚悟は、あると?自分の世界を捨てて俺の側にいるっちこつは、そういうことばい」
千歳さんは、寂しいって言った。俺を抱きながら一人は寂しい、と。俺に対して言ったのかそれともただの独り言だったのかは定かではないが確かに寂しいと言った。きっと、ずっと千歳さんは此処で一人でいたんや。此処には人の気配も何もない。時々風の通り過ぎる音だけが木霊するこの場所にずっと一人、で。
「それでも、千歳さんの側にいたい」
千歳さんは目を見開きそして嬉しそうに笑ったあと、泣いた。ぽたぽたと涙の滴が落ちてきてきれいやった。
「まだ言ってなかったばい。…愛しとうよ、光。側におって」千歳さんは微笑んでお互いの額をくっつけた。目を閉じると聞こえるのは千歳さんの息遣いのみ。暫くすると頭の中にとある情景が見えてきた。

冬の雪が降る中、一人で千歳さんが佇んでいる。ふと一歩足を踏み出した瞬間その姿は普通より大きめな猫の姿に変わっていた。あの林の中の細道をゆっくりと歩いて俺の学校の帰り道に通るあの道路へ出た。大雪のせいで猫の頭に雪が積もる。だがそんなものどうでも良いかのようにただ歩いて、道路の端に座り込んだ。人は大雪のせいか早足で、猫の存在に気付かず通り過ぎていく。“此処でも俺は一人っちゃね”一瞬ぽつりと千歳さんの声が響いた。雪の中一人佇む。体が冷えても気にならない。うつむきかけたとき、ふと猫の前に人が立った。顔を上げると雪が止んでいた、いや止んでいたのではなく。立っていたのは学生服に身を包んだ、―…俺やった。俺は持っていた傘を猫に雪が降らないように下ろすと猫の頭の雪を払ってから駆けて行った。俺のポケットから何かが落ちるが俺は気付かずに去っていった。猫は俺の駆けていった方向を見つめていたがふと歩き出し落ちていた銀色のそれを拾い上げた。ちりん、と音を立てるそれは小さな鈴のストラップだった。一瞬触れた手は雪のせいで冷たかったが、ちゃんと人の体温を持っていて。暖かくて。涙が、止まらなかった。



気が付くと目の前に千歳さんの顔があって優しく口付けられた。口にされたあと、頬を伝って目元にも唇を寄せられる。濡れた感覚に俺は初めて泣いていたことに気が付いた。ぺろりと涙を舐められて思わずぎゅっと目を瞑る。



「最後のお別れ、してきなっせ」
ハッと我に返るといつもの帰り道。光と名前を呼ばれ振り返ると、泣き出しそうなオトンとオカン、そして兄貴と義姉さん。家族全員で何してん。よく見れば警察の人もおって、何が何だかわからへん。オカンは駆けてきて俺を抱き締めた。3日も何処に行っていたの、と言って泣いている。話を聞いている限り俺は3日家に帰らなかったらしい。もしかしたら彼方の世界と此方では時間の流れが違うのだろうか。だから俺は行方不明扱いされているのだろうか。まぁ、でもそんなことはどうでも良い。
「今まで、おおきに」
一言そう呟くと家族の皆は驚いたように目を丸める。
ふと見上げると、家族の後ろに千歳さんが立っているのが見えた。千歳さんは俺と目が合うとにこりと微笑んで両手を広げた。もう家族と会うことは、ない。俺は家族の横をすり抜け千歳さんの元へ走った。誰かが俺を呼ぶ声がするけど、もうええの。
千歳さんの腕に飛び込んだ瞬間、目の前が真っ白になった。自然と怖くはなかった。やって、ずっと千歳さんが俺の名前を呼んでくれてるから。

そのあと“財前光”を見たものは、いない。





黄昏時に、ぼくは、消えた





2010.10.4
何となくホラーチックなお話になりました;荒いところがあるからいつか加筆修正するかもしれない。

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