とおりゃんせ



何時もの帰り道。いつも通りiPodで音楽を聞きながら帰っていた。見慣れた道やった、はずや。視界の端に鳥居が見えた気がして足を止める。横を見ると見慣れない細い道があった。その先は小さな林になっているようだった。林の向こうに小さな鳥居が見える。
「(なんやここ、見たことない)」
見知った道のはずなのに。
近寄るように足を向けると林の奥から俺を呼ぶように風が通り抜けた。怖い、でもそれ以上に好奇心を刺激される。気が付くと俺はその細い道を歩いていた。ザクザクと小石を踏みしめながら少しだけ坂になった道を進む。林の中に入って暫く歩いたとき、石に躓いて転けそうになった。瞬間にハッと我に返る。

「―――――…ぇ、?」
俺、なんで此処まで来たんやったっけ?そう考えてサーっと血の気が引いていく。元の道を引き返そうと振り返るが知らない道。木に囲まれた細い道が伸びている。なんで、とそう思った。だってそんなに長く歩いていない。精々五分かそこらや。それなのに此処はまるで森の真ん中のようじゃないか。
そこでようやく気が付く。…大阪の中でも都会に近い場所に住んでるのに、帰り道にこんな林あるはずないやないか。今までも見たことなかったんやし。なら此処はどこ?
「久しぶりに人が迷い込んだみたいっちゃね」
急に背後から聞こえたテノールの声にびくりと体が跳ねる。恐る恐る振り返ると長身の男。真っ白の着物に下駄。腰の帯に鈴が付いていて男がこちらに近づいてくるたびに下駄のカラコロいう音と鈴の音が響き渡る。
「いけん子ばい、こんなところまで来て。」
「…ぃ、やや…!来るな…!!」
男はにこりと笑うと俺の腕を掴んで引き寄せる。力の差か、前のめりになり男の胸に抱き込まれてしまいそのまま抱え上げられた。
「食べられても、文句は言えんとよ。知らんとね…逝きはよい良い還りは怖い、てね」
首筋をぺろりと舐められ、ぞくりと悪寒が背を走る。視界の隅で男の口元が弧を描くのが見えた。




「…ん、ぁ…っ!」
あの後よう分からん神社みたいな屋敷に連れ込まれ畳に押し付けられた。逃げようとしたら両手を背で、赤い色をした綺麗な紐で縛られ畳の上に猫が伸びをする格好で転がされた。
怖くてしょうがなくて、涙がボロボロ零れ落ち、畳を濡らす。衣服は全て剥ぎ取られ情けなくも真っ裸や。男の手が伸びてきたかと思えば足を開かされて俺の自身を指先で撫でてきた。びくんっと体が跳ねて女の子みたいな高い声が出る。自分の顔が真っ赤になるのを感じた。
「はは、随分と敏感な体しちょる」
「嫌やぁ…なに、こんなん…ぁあっ!?」
男はにや、と意地悪い笑みを浮かべると今度は撫でるだけやなく握り込んで素早く上下に擦ってきた。突然の刺激に膝が崩れそうになる。
「あ、あ、ぁん!ふあぁ…っ!」
「むぞらしか子ばい。そんままじっとしときなっせ。何もわからんくなるくらい気持ち良くしちゃるけん」
「んぁ、誰、が気持ち、ぁ、良くなんか…!ああぁっ…!」
嘘はいけんとよ?そう男が耳元で囁いた瞬間背に快感が駆け抜け自身から白濁の液体が飛び散った。嘘、なんで…?乱れた息を整えながら男の手に吐き出されたそれを見て愕然とする。
「しょんなかよ。俺の“声”には催淫効果があるらしかけんね。凄か力っちゃろ?なぁ―――…ひかる」
「…っひぃ…!?」
名前を呼ばれた瞬間また体が熱を持ち始める。何故名前を知っているのかとか、お前は誰だとかそういうもんが頭から消え去っていく。頭に浮かぶのはこの熱を吐き出すことだけ。
「ね、どうして欲しかと?ちゃんと言って…光」
体が熱くてしゃーないん。気持ち良くなりたい、もっと触って俺を気持ち良くして欲しい。理性なんて無くなってしまった。
「もっと…もっと触ってやぁ…!」
泣きじゃくりながら言うと後ろから男の堪えたような笑い声が聞こえた。その声にさえ、体は快楽として感じ取ってしまう。男は俺の両手首を縛っていた紐を解くと向かい合うように俺の体を反転させた。
自由になった手を伸ばして男の着物の襟を掴むと男は嬉しそうに笑みを深めた。
「嬉しか…、嬉しかよ光。―――…ずっと触れたかった」
すっと男の顔が近づいてきて優しく口付けられた。すぐに舌が潜り込んできて自分から必死に絡めた。ぎゅっと目を瞑ると先程の男の優しい笑みが思い浮かんで不思議な気分になる。
快感の波に飲まれていく中で男が名前を呼ぶ声だけが脳裏に焼き付いた。




「――――あれ、…?」
気が付くと何時もの帰り道。辺りを見渡しても鳥居や林、細い道なんてなく、ましてや屋敷なんて何処にも見当たらなかった。夢やったんやろか、そう思っても先程まで感じていたあの感覚は本物だった。あの時感じた快感を思い出して体の奥が疼いた。本当に、あれは一体何だったのか。
「考えてもしゃーないか、」
小さく息を吐き出して帰路につく。胸に渦巻くもやもやとしたこの気持ちに気付かないフリをして早足で歩いた。
後ろでカランという下駄の音が鳴った。だが雑音に紛れてしまい光の耳には届かなかった。





「またおいで、ひかる」




いきはよいよいかえりはこわい…とおりゃんせ、


2010.9.3



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