その言葉は僕を溶かす



先輩には放浪癖がある。
だから先輩にはめったに会えない。俺は千歳先輩が好きだから会いたいと思う。そう、今も。
抑えようと思ってもボロボロと溢れ出す涙は止まらない。黒い学生服の袖は涙を吸って濡れていて気持ちが悪かった。
今日、謙也さんと喧嘩をした。誰だって調子の出ないことはある。そういう時の自分のテンションも最悪で、いつもなら軽く流す謙也さんの喧嘩腰な態度に腹が立った。感情に抑えがきかなくて白石部長に無理を言って部活を抜けた。
「…最悪や」
ネガティブな自分に嫌になる。目尻を拭うとピリッとした痛みが走ってきっと今の自分の顔は目が真っ赤でかなりぐちゃぐちゃなんだろうと思う。
明日部活に行けるやろかと一瞬考え、部活のせいで泣いてるのに変な感じがして一人苦笑した。俯いていた顔を上げ辺りを見渡すと外灯が点くほどに真っ暗でそれにまた悲しくなった。そして無性に千歳先輩に会いたいと思った。
会いたい、会いたい。
千歳先輩。会って抱き締めて欲しい。キスして欲しい。
思い立ったら、早かった。地面に放り投げてあった部活のバックを担ぐと千歳先輩の家まで駆け出す。もし千歳先輩が家にいなかったら、など考えつかなかった。ただ会いたかった。
走って走って、途中道路の窪みに突っかかって転けそうになったけれどそれでも走る。
先輩の住んでいる古びたアパートの前に立ってあがった息を整える。ギシギシと不気味な音をたてる階段をのぼり扉の前に立つと急に怖くなった。
千歳先輩は迷惑だと思うだろうか、面倒くさいと。
扉の取っ手に触れようとした瞬間、扉は鈍い音をたてて開いた。驚いて見上げると目の前には同じく驚いている千歳先輩が立っていた。
「光君?」
先輩の柔らかい声音に胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
嗚呼、また泣いてしまいそう。
「せ、んぱ…」
「光君!?どげんしたとね!!?」
再び流れ落ちた涙に千歳先輩はぎょっとして俺の頬に手を置いてくる。その手が暖かくて優しくて、張り積めた心が緩んでいくのがわかった。
「っ千歳先輩!」
思わず千歳先輩の腰に巻き付くように抱きつく。
「光君、」
「すき…せんぱい、好きや」
泣きながら好きだと繰り返す俺を千歳先輩は抱き締め返してくれた。ゆっくりと頭を撫でられ安堵する。
「俺も光君ば好いとうよ」
それは俺を溶かす最強の言葉だった。



「…落ち着いたと?」
あの後少し落ち着いたら俺は先輩の家にお邪魔している。先輩が作ってくれたココアに自然と笑みがこぼれる。
「すいません、千歳先輩」
「よかよ。弱っとう光君もむぞらしかね」
「…どういう意味やねん」
膨れてみせてると千歳先輩はニコニコ笑った。
「一番に俺に頼ってくれて嬉しか」
千歳先輩が本当に嬉しそうに笑うので、こちらが恥ずかしくなってくる。俺は頬に集まる熱に気づかないフリをしてココアに口をつけた。




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