それは頬を伝い地に落ちた



久しぶりに見た共に育ったひとつ下の友人は俺を見た瞬間泣いた。正直、俺も泣きそうだった。あの時離れてしまったけれど忘れたことなんて一度もなかった。改めて見るとあのときにあった傷跡はなにもなくて、顔色も血色がよくて安心した。まぁ俺も傷だらけだったんじゃけどな。
ひかる、もう一度名前を呼ぼうとしたがふとひかるの腕を掴む男に気づく。ひかるの痛がってる姿に一瞬なんじゃこいつは、と怒りが沸いたが男の表情を見た途端そんなもん消えた。
焦ったような切迫詰まったようなそんな表情。でもひかるを見る目は優しくてすぐにわかった。あの男は、ひかるが好きなんじゃって。

『仁王の全てが好きだよ』

やって、あの目を知っているから。幸村が俺を見る目と同じだ。きっと、他人から見たら俺が幸村を見る目もそう見えるのだろう。
ひかるが男に連れていかれたのを見送るとふいにぐい、と強い力で後ろに引っ張られた。振り返ると不機嫌そうな幸村。多分ひかると俺のやり取りを見て不満に思ったんじゃろうな。研究所でのことは少し幸村に話したがひかるのことは話してないからのぅ。

「誰、あの子」

「研究所の、友達じゃ。一緒に逃げ出した生き残った…最後の、友達」

「…そっか、」

そう言うと幸村は複雑そうな表情をしてぐしゃりと俺の頭を撫でた。よく幸村は慰めてくれるときにしてくれる。言葉じゃなくて、こうやって行動でしてくれるのが嬉しい。今まで嘘ばかり聞かされてきたから、下手に言葉で言われるよりも、ずっと嬉しいんじゃ。
少し笑って幸村を見るとまだ不満みたいでむすっとしていた。それはまるで先ほどひかるを連れていった男に似ていて思わず吹き出してしまう。

「…これじゃあひかると同じじゃ」

「なに、どうしたの。変な奴だなぁ」

くすくす笑う俺に幸村も苦笑してみせる。ちらりと目線をひかるが連れ去られた場所に遣ると一人の少女が駆けていった。マネージャー、じゃろうか。

「――――…、っ!」

ぽたり、と頬に何かが落ちてきた。
指先で頬に触れるとそれは水の雫だった。ぽたぽたぽた、とそれは晴れた空から降ってくる。狐の嫁入りのようなその現象に、俺は覚えがあった。

「…副作用」

ぎゅっと胸が締め付けられたような感覚に顔を歪めつつ目の前にいる幸村の裾を引いた。幸村は俺に気がついてにこりと笑うが、雨には気付いていない。

…いや、違う。気付いてないのではなくて、今ここにいる中では俺にしか見えていないのだ。俺やひかる、その他の実験に関わり体を組み替えられた人間にしか、見えない。

「仁王、どうしたの?」

不思議に思ったのか幸村が話しかけてくるが視界が歪んで幸村が見えない。懐かしいその感覚に心臓は痛いくらい波打った。
実験の時に投与された体の感覚を奪う麻酔より協力なあの薬。皮肉だがあれのおかげで痛みをほぼ感じずにすんだが副作用があった。

雨が、降るのだ。
他人には見えない、雨が。

最近は見なかったというのに何故。雨は次第に強くなっていき、俺の体は雨で濡れていった。幸村達には俺は普通に見えているのだろう。…いや、雨など本当は降っていない。幻覚、なのだから。それでも、寒くて仕方がない。幻覚だとしても俺に降り注いでいるのには変わらないのだから。

「なんでもなかよ、心配せんで良か」

にこりと微笑み返すと幸村は安心したかのような表情に変わった。ちゃんと笑顔が作れていたようで俺も安堵する。幸村にも仲間にも、…自分にもペテンをかけた。これは、俺自身を守るためなのだ。

微笑んだ頬に雨が伝う。
雨はまだ、降り止まない。





2010.10.7


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