想いが重なる



合宿所に着くとその広さにまず感嘆の息が漏れた。流石跡部景吾が用意しただけのことはあるなぁ、なんてぼんやり考えていたら先輩らはさっさと先に行ってもて慌てて俺は先輩らの後を追いかけた。
先輩らに追いついたと思うともう他校は揃っていたらしく、白石部長は各学校の部長らに挨拶に行ってもた。他の先輩らも他校入り乱れてふざけ合ったり雑談したりし始めて一瞬なんのために来たか忘れそうになる。うん、ほんまにテニスしに来たんやろか。
ため息を吐きつつ辺りを見渡す。視界にふと白い髪が写りそちらを見る。どくん、と心臓が鳴った。
やって、まさか彼が…。

「仁王、さん?」

見間違う筈はない。俺の声に反応して振り返った人物は俺を見て目を見開く。嗚呼、やはりそうだ。真っ白な髪もつり目がちな目も全てが昔と変わらない。

「………ひかる?」

仁王さん、や。そう思ったら涙腺が崩れたみたいに涙が止まらんくなった。
周りの部員とか皆が驚いてるんにそれは止まらんくて、ごしごしと強く腕で拭ってたらいつの間にか側に来ていた仁王さんに止められた。その手にはちゃんと体温が感じられて思わずホッとした。仁王さんも同じやったんか強張っているように見えた体が緩んだ気がした。

忘れられへんあの記憶。昨日一緒に笑い合っていた仲間が明日には冷たくなっているかもしれないという悪夢の中、研究所で俺達は生きてきた。心がボロボロになって、それは今でも俺達を傷付ける。
良かった、ほんまに、…良かった。

「約束、守れたんじゃな」

仁王さんは溢れる俺の涙を優しく拭ってくれて、ふにゃりと笑った。どんなことがあっても生き延びよう。生きてまた再会しようと二人で約束した。仁王さんは、覚えててくれたんや。
仁王さん、ともう一度名前を呼ぼうとしたらいきなり強い力で後ろに引っ張られた。頭だけで振り返ると怖い顔をした千歳先輩がおった。
キツく腕を掴まれて一瞬顔をしかめたがすぐに千歳先輩を睨み付けて離すように腕を動かす。

「千歳先輩…痛いっすわ」

「光君ちょっと話あるけん、着いて来なっせ」

抵抗するのは許さないとでも言うように強引に連れていかれる。千歳先輩の名前を呼んでみたが此方を振り返りもしない。一瞬、この人は誰やろう?なんて考えた。千歳先輩は千歳先輩なのに…。
人気のない屋敷の裏に着くと先輩は俺を縫い付けるように壁に追いやった。お互いの両手を絡ませて固定される。ぐっと千歳先輩の端正な顔が近付いてきて抵抗する間もなく口付けられた。先ほどの怒りを含んだ表情から信じられないほどに優しい、口付けやった。その口付けにぎゅっと胸が締め付けられるみたいに熱くなって緩んでいた手を離して千歳先輩を抱き締めた。

「…ごめん、光君。嫉妬した。あんな顔見たことなかったけん、光君を取られるかと思ったと」

いつもの先輩には考えられへんくらい弱々しい声に思わず笑ってまう。

「俺が好きなんは先輩だけや」

頭で考える前に口についた言葉に自分も驚いた。あかん、言ってもた…!思わず訂正しようと先輩を見上げて、その言葉は失われた。千歳先輩は、今にも眉をハの字に歪めてめっちゃ嬉しそうに笑った。

「ほんなこつ!?本気で言っとうと?」

でもほんまのことやし、ええわ。こくりと頷くとふわって柔らかく笑って抱き着いてくる先輩はなんや犬みたいやった。男同士やからとか、こんなんおかしいて分かってる。けどもう戻れへん。再び口を寄せてくる千歳先輩を感受しながらふと誰かが息を飲む音が耳に届いた。先輩の背中越しに音がした方を見ると阿高先輩が立っている。こちらを見る瞳は潤んでいて、その視線は俺やなくて千歳先輩に注がれとった。そこでハッとした。

「(阿高先輩は、千歳先輩のこと好きなんや)」

一瞬ズキンと胸が痛んだ。でもごめんなさい、俺、千歳先輩が好きやねん。好きやから、譲られへんわ。
阿高先輩は俺の視線に気が付くと目を見開いた。ぽろり、と溜まっていた涙が零れ落ちる。暫くお互い見つめ合っていたが、阿高先輩は耐えられんくなったんか音を立てんように小走りで立ち去った。

「光君、好いとうよ」

「おん。俺も、好きや…」


千歳先輩の背に腕を回してしがみつく。頭の中を先輩一色にして、今の出来事を頭から消し去ろうとしたが何故だか脳裏に焼き付いたみたいに離れなかった。




2010.9.28


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