その時おれは知らなかった



「ふぁ、ぁ、千歳先輩…」

あの日屋上でキスしてから、千歳先輩は度々キスを求めてくるようになった。求めてくる言うても昼休みに俺を呼び出して校舎裏の人の来ない裏山で口づけられる。でも嫌やないし、俺も黙って着いていくから同罪や。千歳先輩のキスはいつもの柔らかい性格からは想像出来んくらい強引でそのギャップでいつもどきどきと心臓は高鳴った。でも時々不安になる。千歳先輩は俺のこと好きやて言うたけど、ほんまはこないなことしたくて言ってる戯言なんやないかって。阿高先輩とか女の子と楽しそうに話してたりするとモヤモヤするん。千歳先輩のこと、信じたいんに不安は募るばかり。でもそれを聞く勇気なんてないから、俺はいつも流される。

「んっんん、ん…先ぱ…もう苦し、いすわ…っ!」

激しい口づけから顔を背けて避けると先輩は少し残念そうな顔をしながら俺の頬を撫で「わかったばい」て言った。まだ足りなさそうやったけど先輩に付き合ってたら窒息してまうわ。

「またね、光君」

先輩はあの日から好きって言ってくれなくなった。別に毎日言って欲しいとかそういう訳ちゃうけど、体だけ求められている気がして嫌や。もう一度…もう一度だけでええから言ってくれへんかな。
そうしたら、今抱えてる不安が消えて信用できるんに。…俺も千歳先輩が好きやて言えるんに。じっと先輩を見上げても先輩は笑うばかりだ。俺はうつ向くと唇に歯を立てた。



「…合宿?」

日直で部活のミーティングに遅れ、急いで来たが来たときにはもう終わっていたらしく皆わいわいと楽しそうに騒いでいた。小さくため息を吐いて鞄を床に下ろしたとき、部長が近付いてきて言った。

「合宿て他校も来るんすか?」

「せやで」

「…どのくらい?」

「んー…多分ここ四天宝寺に青学氷帝、あとは立海やな」

ちゅうことは結構な人数が集まるてことか。人混みは苦手やけど合宿参加せぇへん訳にはいかんしな。しゃーないっすわ。何となく周りを見渡していると見慣れた長身が見当たらないことに気が付く。

「部長、千歳先輩は?」

千歳先輩の名前を出すと途端に不機嫌になる部長。やっぱりて言うか…また来てへんのか千歳先輩は。多分裏山か屋上か、学校を出て公園あたりを彷徨いてるかやろ。
ふと脳裏に千歳先輩のキスする時の切羽詰まった表情と俺を呼ぶ掠れた声を思い出してカッと体が熱くなった。顔に出てしまってるんじゃないかって思って部長から顔を背けるが、ふいに頭に部長の手が乗りそのままぐしゃぐしゃとかき回された。少し強引なそれにムッとして顔を上げるとにんまりと笑う部長と目が合う。

「なぁ財前、千歳探してきてくれへん?財前なら知ってるやろ」

なんやその確信でも持ってるみたいな言い方。確かに千歳先輩が居そうな場所は何ヵ所か思い当たるんやけど、俺やなくてスピードスター言いはる謙也さんとかに行かせればええやん。速いできっと。

「ほらそない見らんではよ行ってきぃや。千歳連れてきてくれたら今日のおやつは善哉やで」

「…行ってきます」

今日のおやつは善哉。その一言に自分でも単純やて分かってるけど反応してもた。毎回金太郎の我が侭のせいでたこ焼きやねんで!今日こそは善哉食べたいすわぁ。研究所から出て、初めて食べた甘味が善哉やった。やから、善哉は特別。想像するだけで涎出そう。
俺は千歳先輩が居そうな屋上に向かった。今日は天気がええから多分空に近い屋上におる気がする。

「面倒やけど…ま、しゃーないっすわ」

その時俺は知らなかった。
あんなことになるんやったらあの時屋上なんかに行かなければ良かったなんて後悔するんは少しあとのこと。



2010.9.2

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