溶けて、混ざる 太陽の眩しさに目を細める。日陰に移動しそこに腰を下ろすと同時に始業を教える鐘が鳴り響いた。また授業をサボったから部活ん時に部長に怒られるやろうかなんて考えながら空を見上げると雲ひとつなく晴れ渡っていた。研究所にいたときは憎たらしくて堪らなかったが今では綺麗だと思う。最近は空を眺めるのが日課になりつつある。 そして、空に近い屋上に来ることも多くなってきた。本当は視聴覚室が静かでいいのだがいつも開いている鍵が今日は閉まっていたから仕方がない。 暫くぼんやりと空を眺めていたらふいに鈍い音がし、屋上の扉が開いた。同時に騒がしい数人の声がし、眉を寄せそちらを見る。確か三年の問題ばっか起こしとる不良の先輩らや。そして俺を目の敵にしとる先輩らでもある。 あの先輩らは嫌い。 「…あ?誰かと思えば天才財前君やないかぁ」 名前も知らん先輩らは俺を見つけるとにやにやと汚い笑顔を貼り付けてこちらに歩いてきた。最悪や、せっかく落ち着いてたんに。 「天才財前君はなんで屋上におるん?」 「天才やから授業受けなくてもええってか。流石天才財前君やなぁ!」 ぎゃはは、と大声で笑う先輩らに顔が歪むのが分かった。声が、五月蝿い。しばらく先輩らが話してるのを黙って聞いていたが俺が何も言わんのを良いことに更に声が大きく話も大げさになってくる。はっきり言ってウザイ。しかも天才天才て、…俺は好きでこない体になった訳やないっちゅうに。ため息を吐くと思った以上に響いて先輩らの声がぴたりと止まる。 「なんや?財前君ため息なんか吐いて」 「…ウザイ」 「は?聞こえへんなぁ」 聞こえへんて、思いっきり聞こえてるやん。しかもキレとるし。なんやねんいい加減にして欲しいっすわぁ。睨み付けるとそれすらも勘に触ったみたいでいきなり引きずり起こされ髪を掴まれる。痛いちゅうねん。 「お前、前から気に入らんかってん。ちょーっと遊んだるわ」 にやって先輩らが笑ったときやった。再び屋上の扉が開く音がして反射的にそちらを見る。 「…なんばしよっと」 そこにいたんは、千歳先輩やった。千歳先輩は扉をゆっくり閉めると此方に歩いてくる。表情を伺うと今まで見たことないくらい冷えた表情をしていて思わずびくりとした。不良の先輩らもそうやったらしく、俺を押さえ付けていた手を離し後ずさる。 「今消えたら許してやったい。あと、今後光君に同じことをしたら…わかっとうやろ?」 千歳先輩は低い声音でそう言い放ったと同時に不良の先輩らは情けない声を発しながら逃げていった。情けな…いや、千歳先輩が怖いだけか。不良の先輩らが屋上から出ていくのを目で見送ったあと千歳先輩に視線を戻すと先輩は早足で俺に近付いてきて俺を壁に押し付けた。 急のことにビックリして目を見開く。 「光君も、なんで逃げんかったとや?危ないち分かっとったちゃろ」 「別に平気すわ」 「平気やなか!怪我でもしたらどげをしとったと!?」 「今回が初めてやないし」 今回だけやなかった。大体見た目から不良やしそういう人に目ぇ付けられやすい。喧嘩したあとにも実験のせいで治癒能力の高い俺は無傷に近いから、強いんやて勘違いされる。 そう、今回だけやないんや。いつものこと。先輩に心配されるまでもない。 「…先輩には関係ないっすわ」 一瞬目を伏せてまた千歳先輩を見上げる。先輩を見てぎょっとした。いや、ぎょっとしたちゅうか単純に驚いた。先輩は先ほどと変わらないくらい真剣な顔して俺を見てた。でもちゃんと心配してくれとるって分かってるからさっきみたいに怖くはなかった。でもアカン。先輩まで巻き込むことはない。俺が毎回なんとかすればええんやから。 「光君は、心配もさせてくれんとね。…どうやったら、光君の内側に入っていける?」 「ぁ…っ!?痛…先輩…?」 ギリと音が鳴りそうなくらい強く壁に押し付けられた腕を握られ痛みが走った。 思わず顔を反らすが顎を掴まれ上を向かされる。千歳先輩と顔同士が近くなり頬が熱で熱くなるのがわかった。でも、真剣な千歳先輩の目から視線を反らせるはずもなく俺は固まったまま千歳先輩を見るしかなかった。 「…なんで、そこまで」 先輩は、なんでそない俺のこと気にかけるん?ただの後輩やろ、他人やんか。なんでそんなに辛そうな…。 頭の中に浮かんだ言葉の欠片を口に出すと千歳先輩は慈しむようなそんな綺麗な顔をして笑った。 「光君が大切ばい…大切にしたい子を、好いとう子を心配したらいけんとね」 腕を引かれ抱き締められる。ぐっと千歳先輩の厚い胸板に押し付けられ心臓が壊れるんやないかってくらいドキドキした。好いとう子って、そういう意味、なん?思考が乱れてようわからんくなる。そんな中聞こえてくる先輩の心音に耳を傾けた。 「好いとう…キスしてよか?嫌なら言って欲しか、光君」 視界が揺れる、思考が鈍る。 そんな中でまともな判断なんか出来るはずもなく俺は先輩を見あげて首を左右に振った。 「―――…嫌やない、」 もうどうにでもなってしまえばええ。脳裏の隅で警報音が鳴っている気がしたが、俺はそれを無視して目を閉じた。 落ちてきた千歳先輩の唇は、熱くて少しだけ震えていた。 2010.8.16 |