気がつけば溺れていた



幸せは、急に俺の前から消え去った。

激しい衝撃と爆発音と炎の熱で目の前がチカチカする。目を開けていられなくてぎゅっと瞑った。足が痛くて、でも目はもっと痛くて。しばらくしてそっと目を開くと最初に見えたのは鮮明な赤。そして鉄の固まり。聞こえてきたのは悲鳴。

「おかあさん…?」

立ち上がろうとしたが足が上がらない。みると鉄の板のようなものに挟まれて血が出ていた。

「お父さん…?おねぇちゃ…――――っ!!!?」

確か俺は家族全員で旅行に出かけるために車に乗っていた。なのに近くには人の気配はない。一人になった気がして家族の名前を呼んでみたが返答はない。
…あるはず、なかったんだ。

「坊や大丈夫か!?今助けるから動いちゃ駄目だからね!!」

割れた窓から今までテレビでしか見たことなかった救急隊員の人たちが必死の形相をして俺を見てる。
なぁ、なんで?なんで俺だけ助けるの。お母さんは?お父さんは、みやび姉ちゃんは?雅秋は?なんでみんなを助けてくれんの。…なんで、俺は真っ赤なん?

「っあ、あああぁあああ…っ!!!い、嫌…!嫌じゃっ!嫌じゃぁぁあああああああぁあっ!!!!!!!」

痛い痛い痛い…イタイ。体がじゃなくて心が。やって、もういない。わかってしまった。もういないとわかってしまった。大切な家族は、もういない。最後に見た家族の姿が脳裏に浮かんで弾けた。





研究所を逃げ出して身内がいなかった俺は“幸村”という家に引き取られた。“幸村”はこの脱走に協力してくれていたらしい。最初は不安だった。不安にならない訳がない。
俯いて自分の服の裾を掴んでいると引き取ってくれた男女二人の後ろから同い年くらいの男の子が顔を出した。男の子は俺を見るとぱぁっと一気に顔を明るくした。

「はじめまして、俺は幸村精市っていうんだ」

丁寧な言葉使いに一瞬怯むが震える声で自分の名前を呟く。

「…仁王雅治」

精市、と名乗った男の子はにこにこと可愛らしく笑いながら俺に近付いてきた。綺麗な、人。汚れなんか一切知らないような表情をしていた。それが羨ましくもあり、憎くもあった。

「雅治っていうんだ。これからよろしくね」

雅治と呼ばれた瞬間急に嫌悪感が胸を支配する。最後に呼ばれたのは家族と死別して研究所に連れてこられたときだ。名前を聞かれて、雅治という名前からサンプルとしての“新しい名前”を付けられた。真っ黒な感情が止まらなくて思わず唇を噛み締めると口内に血の味が広がった。

「仁王、におうって呼んでくんしゃい」

「名字で?…どうして?」

精市は不思議そうに俺を見る。名前を呼ばれたくなかった。それに名字は俺の大切な家族を繋ぐものだ。そして、俺が俺自身でいるためのものだ。
しばらく黙っていると諦めたのか精市はにこりと笑って俺の頭に手を置いた。

「…うん、分かった。君のことは仁王って呼ぶよ」

ゆっくりと頭を撫でられて、その温かさに涙が零れた。温かい、忘れていた感情が少しだけ戻ってきた気がして涙が止まらない。

「仁王、これからは俺が側にいてあげる。俺が、家族になってあげるよ」



***

目を覚ますと見慣れた天井が目に入った。ふと頭を撫でる感触に上に視線を向けると精市がベッドに腰かけて俺の頭を撫でていた。精市は俺が目覚めたことに気が付くとにこりと微笑んだ。

「…懐かしい夢を見たぜよ」

頭を撫でている手に触れようと俺も手を伸ばすとぎゅっと握り返してくれた。

「幸村と出会った時の夢じゃ。そう言えば、会ったばかりのときは俺は幸村のこと嫌いじゃったのう」

「あれ、そうだったの?俺は出会った時から仁王が好きだったよ」

「俺に詐欺は効かんぜよ」

出会った時からって…。最初は滅茶苦茶作り笑いしとったじゃろうに。くつくつと喉を鳴らして笑い幸村の手を引きベッドに引きずり込むとぎゅっと抱きついた。首筋に顔を埋めると幸村のにおいが鼻を擽って酷く安心した。

「…本当だよ。初めてみた時天使でも降りてきたかと思った」

「なんじゃ、天使て」

拗ねた口調で呟くと幸村は白いから、と笑いながら言った。白いからて…確かに実験用の薬のせいで髪は未だに真っ白じゃが。

「今も、仁王の全てが好きだよ」

「…うん、」

力強く抱き締めてくれた幸村の背に手を伸ばそうとして、止めた。俺も、幸村が好きだと伝えられたらいいのに。でも駄目だ、まだ出来ない。だって俺は汚れているから、だからまだ…。幸村の熱を感じながらゆっくりと目を閉じる。目を閉じると幸村の熱は俺の心にじんわりと浸透していくような気がした。




2010.8.13

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