虚空の心に揺れるのは



不眠が続いている。最近は大丈夫やったのに。不眠の理由は分かってる、研究所での出来事とか未来への不安とか様々な後ろ向きな感情が頭の中を駆け巡って目が冴えてしまう。はぁ、と肺に溜まった酸素を吐き出すと少しだけ楽になった気がした。

「ため息ば吐いて、どげんしたとね」

ぐっと腕を引かれ後ろに倒れそうになる。だが倒れることなく傾きは止まる。見上げると千歳先輩が支えてくれとった。
…てか、先輩が手ぇ引かんかったら倒れそうになることなかったやん。
じとりと千歳先輩を睨み付けるが、千歳先輩は俺の睨みなんか気にせずニコニコ笑っとった。その笑顔を見ていたら胸の内が燃えるみたいに熱くなって思わず唇を噛み締める。

「目の下、隈が出来とう。夜更かしでもしとったと?」

「…別に、大したことないっすわ。最近ちょお夢見悪いだけや」

千歳先輩から笑みが消えて表れた真剣な表情に息を飲む。なんやこれ、ドキドキする。千歳先輩の目を見ていられなくて視線を反らすとふいに先輩の手が俺の顔に伸びてきた。

「あんまり無理したらいけんよ」

すっと目の下を撫でられてぞくりと背筋に痺れが走った。同時に顔に熱が集まるのを感じて俯いた。こんなん、こんな気持ち知らへん。こんなの…まるで、

「っ千歳先ぱ…」
「千歳君っ!」

手を伸ばしかけて、止まる。その手は第三者の声によって届くことはなかった。俺に背を向けた千歳先輩に駆け寄っていったのは阿高先輩やった。

「阿高さんたい」

「ちゃんと名前覚えてくれてたんだぁ。ふふ、嬉しい」

「なんね、人の名前くらい俺も覚えっとよ?」

「えー?朝練の時間は覚えてないじゃない」

くすくすと可愛らしく笑う阿高先輩に千歳先輩が笑いかけた瞬間自分でも驚くくらい胸が痛んだ。なんで、阿高先輩にそんな綺麗に笑いかけるん?俺には、してくれへんのに。
ズキズキズキズキ。先輩らを見ていると胸の痛みは増す一方で俺は無意識に胸元に服の上から引っ掻くように爪を立てていた。なんで俺はこない苦しい気持ちになっとるん。千歳先輩と阿高先輩が仲が良くても別に関係、あらへんやんか。
そう考えてはっとした。千歳先輩を無意識に目で追ってしまうのも話しかけられてときめくのも他の人に優しく笑いかけているのに胸が痛むのもすべて――…。



「―――――…嘘や…」

なんで、なんで…?
今まで空っぽやったやないか。でも、この胸の内に渦巻いてるこの感情は“それ”以外考えられんくて。
俺は先輩らに背を向けると部活中とかそういうのを忘れてがむしゃらに走った。いや、逃げ出した。やって、気付いてしまった。

俺は、千歳先輩が、好きなんや。

嘘嘘嘘、うそや。そんな、まだ会ったばかりの人を好きになるやなんて。でも、自覚した瞬間その感情は加速する一方やった。俺はもう、止められへんかった。

「どう、しよう…!!!」







2010.8.13


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