05 タオルケットを買って、どうせならと自分の買い物もしていたらいつの間にか相当時間がたっていたようで、家に帰り着いたのは日が沈み始めた頃だった。 最近また新しくできたピアス穴に付けるピアスも買ったしちょっと機嫌良く家に戻る。鍵穴に鍵を差し込み少しだけ乱暴に扉を開くと扉に付けてあるト●ロの鈴が勢い良く鳴った。 多い荷物を担ぎ直すとリビングへ向かう。リビングからは賑やかな人の声が響いている。 「兄貴、買ってきたで」 「光ぅ!おかえ…ごふっ!!」 リビングを開けるなりタオルケットの入った袋を投げつけると顔面にヒットしたのか明が痛そうに床で悶えた。 「あ、今日は光君。これからお世話になります」 兄貴の隣に立っていた女性は俺を見るとにこりと笑った。 少し童顔な柔らかく笑うこの人は兄貴の嫁さんや。名前は鈴音さん。ごっつ優しい上に美人や。兄貴には勿体無い嫁さんやな! 「此方こそや。て、兄貴何時まで転がっとるん?邪魔や」 「ひっ光が苛める…!」 転がってる兄貴を足の爪先でつつくと今度は顔を押さえて泣き真似を始める。はぁ、とため息を吐くと台所から人が出てきた。ピンクのレースのついたエプロン…間違いない、あの人や。 「あら、光ちゃん。お帰りなさーい!」 俺と同じ黒髪を肩まで伸ばした女性。俺の母親、や。ちょっオカン四十超えてフリフリエプロンは止めてや!でもこの人も童顔なせいで似合っとるのが怖いんやけど…? 「遅かったじゃない。お買い物?お母さんも連れてって欲しかったなぁ」 オカンはこの家で唯一標準語を話す。オトンからよく東京で一目惚れして口説き落としたんやで!てノロケられる。どうでもええんやけど! 「ピアス買っただけやで」 ピアスの入った袋を開け、それを出して見せると母親は顔をしかめた。 「光ちゃん…またこんな男の子っぽいもの買ってきて!」 「俺は男や。な、男やろ?」 そう言うと母親は悲しそうに俺を見た。なんでそんな顔するん?しょうがないやろ。こんな体なんやから。 「光ちゃん!暁彦さんがどんなことを言ったって、光ちゃんが嫌なら別にいいのよ?」 「せやで、光!光が言うなら…!」 何やねん、オカンも兄貴も。俺はええ言うたやろ。オトンのことなんて関係ないで?生まれた瞬間から、覚悟は出来てたんやで。まぁそれは俺が前世での記憶のせいで精神が大人びてるからやろな。やから、割りきれる。普通の子供やったらグレとるで。 「おおきに。でもホンマに大丈夫やから。…それより恵がおるんやろ?抱っこしたいんやけど」 ・・・・ 大丈夫、大丈夫や。こんな体やけど流石に十年以上たつともう慣れた。それより!恵や!甥っ子!兄貴とオカンは不服そうな顔しとったけど無視し恵を探す。見ると恵は義姉さんに抱かれていた。 「恵ならここよ、優しく抱いてあげてね」 義姉さんがそっと俺に恵を預けてきた。小さくて柔らかい子供に自然と顔が緩んだ。生きて、呼吸をしてる。ただそれだけのことなのに涙が溢れそうだった。恵を抱き締めながら妹のことを思い出す。彼女も、こんな風に“生”に触れたら“私”を殺さなかったのだろうか。私はあの世界で今も生きていただろうか(今の自分に不満があるわけやないで)。…考えていても、仕方がないのだが。 「義姉さんおおきに」 恵、めっちゃ可愛ええな。 そう言えば義姉さんは嬉しそうに微笑んだ。兄貴もオカンも笑顔になっていて、ほっとした。 俺は恵や義姉さんが来てくれたことを皆と一緒に喜びながら先ほどの二人の言葉が心に突き刺さるのを感じた。 「どないすれば、ええんやろな」 この中途半端な心と体を。 俺は恵を抱き締めながら誰にも聞こえないくらい小さくため息をついた。 2010.3.15 |