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物心ついた頃からずっと私たちは手を取り合って生きてきた。それが当たり前な毎日。私は年が離れた妹が可愛くて毎日のように遊んであげて、仕事で大変な母の変わりに小学校の帰り道に幼稚園へ妹を迎えに行ったりして。
短い坂を登った上にある古い小さなアパート。小学校から幼稚園、そしてこの短い坂にアパートの一室。あのとき、それだけが私たちの世界だった。

「いきはよいよいかえりはこわい!」
「おねぇちゃん、なんのおうた?」
「どうようのとおりゃんせっていうの。がっこうでならったんだよ!」

「そおだね!かえり、こわぁいね!」

妹は…藍華はそう言って泣きそうに顔を歪めて笑った。
帰ったら、お父さんがいる。仕事に行かないで、毎日酒を浴びるように飲んで、そして――…藍華を殴るのだ。
止めに入った私も殴られた。転んだ拍子に壁に頭をぶつけ右手首を酒の瓶の破片で切ってしまった。沢山の血が流れた。血は止まらなくて病院に運ばれて。そのせいか、藍華は絶対にお父さんが私を殴らないように自分から行ってしまう。…止めなければいけないのに、私は何も出来ずにいた。
だから、決めた。私は他のものから藍華を守ることにした。

「でも、おねえちゃんがいてくれるから、あたしだいじょうぶだよ!」

「うん!ずっと一緒にいてあげる!」

「ほんとう?お姉ちゃん藍華の側にいてくれるの?」

「うん、もちろん。ずっと一緒にいてあげるからね」

これで、いいのだと思っていた。でも間違いだったのだ。きっとその約束のせいで藍華は壊れてしまったのだ。

そのときからだ。私の友人が皆怪我をするようになった。最初は皆大丈夫だと笑ってみせるのだが段々と笑顔が消えていく。生傷が増えていって、その友人は私の側から消えていく。話さなくなったり、無視されたり最悪転校したり。
その友人は皆、藍華を見て真っ青になった。反対に藍華はにこにこと笑う。そしてある時藍華はこう言った。

「お姉ちゃんに近づかないでって、言ったじゃない」

「な、に…それ。どういうこと…?」

「だって、お姉ちゃんを私から取ろうとしたんだもの。あんな子大嫌い…!嫌だよ、お姉ちゃん…!藍華の側にいてね、いなくなっちゃ嫌だよ…!」

その藍華の怯えたような表情に私は何も言えなかった。
そして、底知れぬ恐怖を感じた。藍華が怖いと思った。
あの約束をしたとき藍華はどんな気持ちだったのだろうか。きっと私と藍華とでは、あのときの約束の重さが違った。あの約束が、私と藍華を縛っている気がして、気持ちが悪い。
ならば、私から手を離さなければ。私が。


「ねえ、もう大丈夫なんじゃない?」

「…ぇ?」

「藍華を殴るお父さんもいないし、藍華も大人じゃない?…私、就職したら東京行く。ここから離れるの。」

「…私を置いていくの?あのときずっと一緒にいてくれるって言ったじゃない。嘘だったの?」

「…そんな昔の約束、まだ覚えてたの?ずっと一緒だなんて、無理に決まってるじゃない」

「…、」

ずっと繋いでいた手は、意図も簡単に離れた。
それから、私は藍華から離れるように東京へ行きしばらく会うことはなくなった。昔のように私を慕ってくれることはなくなったが、これでいいと思った。これが普通の姉妹なのだ、と。

私が藍華に刺される少し前、久しぶりに実家に帰宅したときに見た藍華の瞳。そう、何の感情もない真っ黒な瞳…俺が先程に見たあの目だった。






2010.10.26
主人公に人間らしさを求めたら意味がわからんものに…


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