62 ギシギシと階段が音をたて、誰かが屋上へ向かってくる。四天宝寺は少し古いっちゅうか屋上は本来立ち入り禁止で、使われんから掃除もあんまされてない。まぁ、テニス部は時々溜まってるから俺は行き慣れてるんやけど。 空を見ると今の気分とは反対に晴れ渡っていて自嘲気味に笑う。 扉の開く音に、そちらを見ると一人の少女の姿。久々に見たような気がするのは、気のせいではないようや。少女――…藍華は俺に気が付くと此方へゆっくりと歩いてくる。握った手が少しだけ汗ばんだ。 「光君が私を呼び出すやなんて、珍しいこともあるんやね」 にこりと一瞬微笑むも直ぐに笑みを消して俺を睨んでくる。 「私が帰って来んから“お姉ちゃん”辺りに言われたんちゃう?光君優しいもんなぁ。それにしてもちょうど良かった。私、光君に聞きたいことっちゅうか確かめたいことがあるん」 いつになく饒舌な藍華はなんや焦ってるような気がした。反対に俺は自分でも驚くくらいに冷静だ。千里さんが、いるからかそれとも他の何かか。 改めて藍華を見れば前世と姿はまったく同じで少しだけ懐かしい気持ちになる。俺を睨み付ける目の下にはうっすらと隈が出来ていた。 「光君はさ、ほんまは―――…」 藍華の唇が動くのをまるで他人事のように見ていた。なんとなく言いたいことが分かっているせいなのかもしれない。思えば、すべての始まりは藍華のせいだった。刃物で刺され生きたいと願い此処に生まれた。母子家庭だった“私”に初めて父親が出来て兄貴が出来て、その後に義姉さんと会い、電車の中で漫画の世界の住人やった白石部長と出会い、二度目の中学に入学し謙也さんや他のおもろい先輩らに囲まれて。そして、千里さんに出逢って。 気が付けば俺は、前世で生きた時間よりも今の時間の方が大切やて思うようになっていた。 「ほんまは、…お姉ちゃん、なんでしょう?」 俺は再び藍華を真っ直ぐに見据えた。嗚呼、こない小さかったっけ。前世では、“私”と藍華は身長なんてあまり変わらなかったのに。一瞬脳裏に幼い頃の思い出が甦り笑みが零れた。 「おん、俺が、お前の姉や」 呟いた瞬間、藍華の瞳は真っ黒に濁った。深く憎しみを持った目で見つめてくる。まるで裏切られた瞬間のようだ。そして、俺はその瞳を知っていた。 俺を殺す瞬間?…いや違う、もっと前のことだ。ずっと昔、まだ幼い頃。目を閉じると、夕暮れの坂道で二人で歩く記憶が蘇る。 ふと、前世の俺が何かを言って繋いでいた手を離した。 『お姉ちゃん、お姉ちゃんは藍華の側にいてくれる?』 『うん、もちろん。ずっと一緒にいてあげるからね』 そう約束した。私達はずっと一緒に育ってきた。母子家庭で母親も忙しく二人でいることが世界だった。キラキラしていた。藍華は無邪気に笑って、私もそれに笑い返して。そして手を繋いでずっと一緒に歩いていたのだ。 一緒に歩いて、いたのに。 「(嗚呼、そうか。)」 途中、どこかで笑顔を無くしてしまった。繋いでいた手はぷつりと途切れ離れてしまった。…いや違う、私が離した。分かったから。藍華は私がいると駄目になってしまうと分かったから。あの時藍華はどんな気持ちだったのだろう。よかれと思ってしたことが、逆に藍華を苦しめてしまった。だから、こんなことになってしまったのだろうか。分かっていた。きっとずっと前から分かっていたのに、私は臆病で逃げてきて、そのことを忘れたんだ。 俺はあのとき、藍華の心を殺してしまった。 2010.10.1 中途半端すみません(・ω・;) |