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男は俺に近付いてきてつ、と俺の頬に指を這わせる。すると同時に千里さんは面白くなさそうに顔をしかめて俺を自分の方へ引き寄せた。なんやねん、この無言の攻防戦。見上げると男と千里さんの間に火花が散ったのが見えて、なんやもうため息しか出ぇへん。別に気が合わんのはかまへんけど俺を巻き込むんはやめろや。…て、気が付いたんやけど俺結構こういうんに巻き込まれる確率高ない!?

「…と、遊んでる時間はあらへんかったわ」

男はにやっと笑うと千里さんの腕の中にいる俺の頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。つか遊んでたんかい。気が合わんのかと思ってた。千里さんを見上げると千里さんは難しい表情をしたまんまで、遊んでるつもりやったのは男だけやったみたい。遊ぶんは別にええけど千里さん…めっちゃ機嫌悪なってるやん。
むすっとしてる千里さんの機嫌を直すために俺の服を掴んでた手をぎゅっと握ってやる。千里さんは難しい顔したまんまやったけど俺の手を握り返してきた。
恋人繋ぎかい…若いなぁ。
てか中身三十越えのせいで援助交際しとる気分になってきたで。中学生彼氏て。いや俺も外側中学生やからセーフや!

「お前さん、最近妙なこと起こったりしてるやろ」

悶々と色々考えてたらふいに男の言葉が飛び込んできて思わずびくりとした。妙なこと、か。確かに最近よう変な夢見るし前世に負った傷がこちらの体に表れたり変なことにはなっとった。

「焦らすんも何やしハッキリ言うわ。…財前光の魂が、向こうの斉田藍華の体に引きずられとる」

引きずられる…?なんやそれ。思わず先日まで痛んでいた左手首に視線を向ける。今はパワーアンクルで隠れているが、確かに前までこの場所に傷跡があった。…もしその傷跡が、俺が元の世界に引きずられかけている証拠なのだとしたら。そう考えるとぞっとした。やって、向こうに帰ったら財前光は消えて無くなるんやろ?斉田南実は戻るけどあちらには皆がいない。千里さんが、いない。

「身に覚えがあるみたいやなぁ」

「前に、左手首に前世に出来た傷跡が戻ってきてたんもそのせいなん?」

「その可能性は高いわ。そんで、残念ながら引きずられたら俺は手出し出来ひんのや…やから、」

「引きずられたら、財前光は消える…しかもお前はどうしようも出来んちゅうことか」

「そういうこっちゃなぁ」

消えたくない、やって此処には大切なもんが沢山ある。もうあちらの世界には戻らへんて決めたんや。引きずられたらお仕舞いや…どうすれば、ええんやろ。

「光君、」

ぎゅっと右手を強く握られ千里さんを見ると不安そうにこちらを見てた。知らん単語とか俺が消えるとか意味わからんこと言われて混乱しとるみたいや。こちらの世界に来るときの俺と少しだけ似ている気がして俺は思わず背伸びをして千里さんの頭を撫でた。瞬間ぎゅっと抱き締められてカエルが潰れたような変な声が出てもた。

千里さんの様子にそろそろ言わなアカンような気がした。時が来たちゅうかもうここまできたら隠し事出来ひんわ。千里さんの胸板に顔を埋めたまま俺は心の中でため息をついた。
ぐるりと体を反転させて男と向かい合うと音はにやにやしながらこちらを見ていた。なんやその顔、ウザいっすわ…。

「まぁとにかく、引きずられんように気ぃつけや。多分財前光の体に何かあったときか、心が不安定なときに引きずられよるみたいやからな」

「心が、不安定…」

左手首の傷跡。確かにあの時俺の中はぐちゃぐちゃやった。…心が不安定になるとき、か。

「せや、最後まで気張りや…っと時間やわ」

男が呟いたのを聞いて手を見ると消えかかってた。目の前も少しだけ歪んでいる気がする。元の場所に戻る合図や。もう一度男を見遣ると表情がわからないくらいに視界は霞んでいた。
ふと男に疑問を抱き俺は霞む視界から目を反らさず男に話しかけた。

「なぁ、なんでお前はそない俺によくしてくれはるん」

いつも強引こそすれ、あの男から言われたりされたりしたことはいつも俺を良い方へ導いてくれていた。だからこそ、疑問に思ったんや。男は一瞬目を見開き今まで会った中では見たことないくらい悲しそうに笑った。


「…これは、俺の“罪”やから」

罪って、なに。なんでそんな表情するんや。そう言いたかったのに目の前は真っ白になって男の姿は消えた。
気が付けば俺は千里さんと二人、元の場所に立っていた。白昼夢のような出来事にただ二人無言やった。千里さんは俺の手を引き歩き出す。少しだけ沈黙が痛かった。





2010.8.19

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