56 ふぅと一息ついてごろりと布団の上に転がると千里さんからゆっくり頭を撫でられた。この蒸し暑いおかけで汗だくになった(千里さんの散歩に付き合ったら思いの外暑かった)俺は千里さんの家にお邪魔させてもらった。シャワーを借りて千里さんが出してきたスウェット着たらなんか眠くなってきたちゅう話や。 「寝てもよかよ〜」 千里さんは俺の頭を撫でながら何回見たんかわからん少しボロくなったト●ロのビデオを付けた。…うん、ビデオなんか。DVDやないんが千里さんやなぁ。隣でウキウキしはじめた千里さんを見ていたが眠気で重くなった瞼が落ちてくる。 最近、眠くなるのが多い気がする。睡眠時間は足りてるはずやのに。夏の大会が近いから部活が忙しいのもあるんやろうけど、それにしても変や。 一瞬、今日出会った女性の泣いた姿がフラッシュバックした。濡れた目と目が合ったとき、全ての感情を持っていかれるような気がして怖かった。 どこか知ったような目をしていた。 「…光君、寝てしまったと?」 あ、そうやった。ここ千里さんの家やったんや。また考え込みすぎた。思ったんやけど、俺って考えすぎると周りのこと見えんくなる気がする。目を開けようとしたら、ふいに千里さんの手が俺の頬を撫でてきて、思わず固まってしまった。ちょ、完全に目ぇ開けるタイミング外してもたやん! 「好いとう、光君…ひかる、」 …千里さん? 一瞬切なそうな声が響いて瞼を千里さんの手らしきものが覆い被さった。温かい、と思った。 「おやすみ」という言葉と共に頬に口づけが落とされる。相変わらず恥ずかしい人やなぁ。でも様になってまうからたちが悪い。そして、そんな千里さんが好きな俺も。瞼から頬をつたい、髪を撫で付けられてその手も好きやて思う。 こんなに、温かい人を俺は知らない。 ふいに俺の髪を撫でていた手が止まりすぐ近くから規則正しい寝息が聞こえてくる。なんや、寝てもたんか。 そっと目を開けると間近に千里さんの顔があって少し驚いた。でも無防備に眠るその姿に俺は小さく笑みを浮かべると千里さんの胸元に擦り寄った。 *** ピンポン、と聞きなれたこの家のチャイムの音に目が覚める。のそりと起き上がると隣で小さく丸まって眠る光君の姿があった。 ぐっと引っ張られる感覚がして見ると光君が俺の裾を握っていた。可愛か…!出来れば今の状況を堪能したいところなのだが、来訪者がいるらしいので玄関まで行かなくてはいけない。 ふぅと一息つくと優しく光君の手をほどいて玄関へ向かった。 多分宅配便か何かだろう。ちらりと時計を見ると夜の9時を回っていて、宅配便にしては変だ。不思議に思いながら扉を開くと居たのは宅配便の人などではなく、一人の少女だった。 「斉田さんやなかとね。こげん時間に何か用があっと?」 確か、斉田藍華とかいうテニス部のマネージャー。あまり来ないらしく(あと俺の放浪癖のせいで)話したことすらなかった。だが、斉田藍華と光君の間に何かあるようだ、というのには気付いていた。二人の間で時々ピリピリと空気が張り積めているのを感じたから。光君の味方である自分にはこの少女に対してあまり良い印象はない。 「…、いま、か」 「何、何て言ったと?」 俯いていた少女の顔が上がり、表情を見た瞬間ぞくり、と悪寒が背を走るのがわかった。 「光君が、ここに来てるんでしょ?……………財前光を出して」 斉田さんはふわり、と微笑んだが目が笑ってなかった。今、光君を斉田さんの前に出したら取り返しのつかないことになる気がして、思わず勢いよく扉を閉めた。どくんどくんと心臓が嫌に高鳴った。感じたことのない恐怖心にいつの間にか震えていた手を握りしめた。 一体、光君と斉田さんの間に何があったのだろう? 部屋に戻ると穏やかに眠る光君の姿があって、その姿に酷く安心した。そして、彼を守らなければと強く思った。 「光君…俺が守るけん、」 だから一人で全て背負おうだなんて思わないで欲しい、俺を頼って欲しい。 そっと触れた頬は低体温のせいで少しだけ冷たかった。 2010.7.25 何故か軽くホラー展開だ…。 |