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こんなことになるのなら、あの時手を離さなければよかった。今はもう見る影もなく消えてしまったあの明るい笑顔は何時消えてしまったのだろうか。

『お姉ちゃん…』
『大丈夫、私が一緒にいるから』

小学校低学年の頃、両親が離婚した。理由なんて知らない。ただ、物心ついた時から両親の仲は悪かった。母親は私たちを可愛がってくれて大好きだったが仕事をしない父親の代わりに夜遅くまで仕事をしていたためあまり家に居なかった。
父親は部屋に閉じ籠ったままだった。父親も仕事はしないが適度に構ってくれた。ただ、それは私に対してだけで藍華には何故か風当たりは悪かった。酒が入るとすぐに藍華を殴る。藍華はそれをぎりぎりまで話してくれず私も最後まで気付かなかった。気づいたのは、藍華が顔を殴られて気を失い病院に運ばれたときだった。あの時ほど後悔したときはない。大切なものを失わないために守らなければと強く思ったのを覚えている。私が、藍華を守らなければと思った。


『おねえちゃん、おねえちゃん!』

ある日の黄昏の下、私達は手を離れないようにぎゅっと握り締めて家までの道のりをゆっくりと歩く。

『なぁに、どうしたの?』

『藍華ね、おねえちゃんが大好き!ずっと一緒にいてくれる?』

『うん!もちろん!』

ずっと傍にいるよ。手を繋いで公園から家への帰り道にした会話。愛しい思い出、私達姉妹が一番綺麗で仲が良かったときのこと。一瞬で歪んだ。貴女は変わってしまった。あの日交わした指切りと約束の言葉を貴女は覚えてる?あの頃、幼く守られる存在だった私達は手を繋いで、無邪気にずっと二人で一緒にいられるのだと信じていた。



「…る…かる、光っ!!!」

いきなりがばりと布団を引ったくられ肌寒さを覚えた。急に視界が開けて寝ぼけたままの脳をフル回転させて今の状況を把握する。先程、部屋に戻った後ベッドに潜り込んだところまでは覚えていた。どうやらそのまま眠ってもうたみたいや。ぱちりと暗かった電気を付けられ布団を捲った人物が見える。

「…兄貴」
「おん。もうすぐ夕飯やで!やから呼びにきた」

兄貴の名前を呼ぶと声が震えるのがわかった。兄貴は多分もう今日あったあの出来事を知っている。それなのに兄貴はまるで何もなかったかのように普通に俺に接してくる。なんでなん?兄貴にとって俺は息子を傷付けた酷い奴なんやないんか?ずきん、と胸が痛んで兄貴から視線を反らす。

「………アホ」

視線を反らしたまま俯いているとぐしゃりと頭を撫でられた。思わず顔を上げると兄貴は明るい笑顔で俺を見ていた。

「お前は何もしてへん。せやろ?」

「おん…!そないなこと死んでもせぇへん!」

「ん、知っとんで。光はそないなことせんてことは初めから知ってる。何年お前の兄貴しとる思っとるちゅうねん、光がそないアホなことする奴やないてことくらいわかってる」

痛いくらいに強い力で髪をかき回されて何時もならウザい筈なのに今日はその行為が嬉しくて堪らない。心が軽くなった気がした。

「ありがとう、…………お兄ちゃん」

昔、幼かった時に呼んでいた愛称で兄貴を呼ぶと兄貴は一瞬固まった後イケメン顔を見られないくらい崩して笑った。デレデレすんなっアホ兄貴!でも、ええなこういうの。兄弟て感じや。ずっと忘れてた感覚が戻ってきた気がした。

なぁ藍華、俺らは前世で普通に姉妹では居られへんかったん?心の中でそう言ってみても答えなど返って来るはずもなく、俺は小さくため息をついた。





2010.5.15


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