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『たくさん血が出たから大丈夫かなぁ恵くん』

あの後先輩に何も言わずに帰ってしまったとか、色々考える余裕なんてないくらい動揺して家まで走った。バスやタクシーに乗れば早く着くんやろうけど残念ながら手ぶらで病院抜け出してきてもたから何も持ってへんかった。早く行かなければとただそれだけを思って切れる息に気づかないフリをして走る。
なぁ、何でなん。なんでこない酷いことするん?俺が気に入らんかったんやろ、なら最初から俺を狙えば良かったやんか。何で俺やないの?なんで無関係の恵を巻き込むんや藍華…!!行き場のない怒りで顎に力が入り歯同士が擦れてギリギリと音をたてる。
ポケットから家の鍵を差し込み扉を開けた。ちりん、なんて某キャラクターの鈴が今の俺の感情とは真逆に綺麗に鳴る。それにすら苛立ちを感じて音が響くほど乱暴に扉を閉めて風呂場へ向かう。
あの写メには恵がいた。頬に傷を負ったまま倒れ込んでいた。腕が後ろに回っていたことからすると縛られでもしたのだろう。その上シャワーが流しっぱなしになっていた。あのまま、今でも血が止まっていなかったら?そう考えるだけで体が氷みたいに冷えてしまいそうやった。

「――――…っ恵!!!?」

風呂場の扉を開くとシャワーは止まっていたもののぐったりとうつ伏せに倒れた恵の姿に体が震えた。すぐに駆け寄り小さな体を抱きしめる。冷たい床に倒れ込んでいたせいかその小さな体も冷たかった。このまま目を覚まさんかったらどないしよう。

「っぁ、嫌や、恵っけい!!!!」

この子が家に来たとき、この家に笑顔が溢れていた。オカンも兄貴も兄貴の嫁さんも幸せそうに笑ってて、俺も少なからず幸せで。一年たったせいか最近よう色んなもんに興味津々で義姉さんに見とくように頼まれてるのに一瞬目を離した隙にいなくなったりして時々疲れたりしたけど俺に可愛らしく笑ってくれる姿が愛しくて。

「…大丈夫、まだ死んだりしてへんよ」

振り返ると息を乱した藍華が立っていた。多分あの後走り去った俺を追いかけてきたんやろな。俺は恵を抱きしめながら藍華を睨みつけるが藍華は微笑んだまま、額から流れた汗を煩わしそうに拭っただけやった。

「―――お前っ!!恵は関係あらへんやろ…!!!」

「あるよぉ、十分に」

藍華は笑みを崩さずに制服のポケットから何かを取り出した。藍華はそれを見てうっとりとした表情を浮かべ、掲げてみせる。それは銀色の光を放つナイフやった。そのナイフに俺は息を飲む。“前世の私”を刺したときのものと形状が似ている。暫くそれを眺めているとあることに気が付く。刃の部分に少量だが血がこびりついていて、多分あれで恵を傷つけたんやて分かった。

「恵くんを傷つけたのは光君でーす、て言うたらお姉ちゃんとか義兄さんとかはどう思うやろね」

どくん、て心臓が波打った。そうか藍華は最初からそれが目的やったんやな。でも、俺がやったんやて思わせる方法なんか…

「あっ光君、今お姉ちゃんたちは信じない、とでも思ったやろ?」

藍華の口元が弧を描く。瞬間玄関の扉が開く音がした。ちりん、やなんて俺が焦って入ってきた時にも鳴った音がそうや。藍華はグッドタイミングやね、なんて言って笑ったが俺にとってはバッドタイミングや。

「光君…私ね、お姫様になりたいんよ。皆に愛されるお姫様!でも光君は私の王子様たちを奪っちゃうし…それに私を愛してくれないし。やから光君、ばいばいやね」

「な、にを…?」

何をするん?なんて、無粋な質問や。藍華は自分の左手にナイフを突き立てると真っ直ぐ線を引くように切りつけた。ぶつり、と音を立てて赤い線がひかれ真っ赤な鮮血が溢れ出す。

「っきゃぁああああああ!!!!」

藍華の悲鳴は風呂場のせいか何時もより高く響き渡った。嗚呼、そういうこと。藍華の悲鳴を聞きながら俺はぼんやりとそんなことを思った。




2010.5.10
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主人公苛めの王道ですね(笑)

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