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座っていた椅子から起き上がると藍華と向かい合うように立つ。俺より一回り小さな体。まるで昔に戻ったようや。ただ違うのは姿とお互いに対する感情てところやろか。今の生活や環境には満足してるつもりや。でも前世を全て捨てられない自分がいる。特に藍華の事に関しては捨てようとしても捨てられない。出来ればこの姿になって一生会いたくなかった。あの男に頼んでこの姿にしてもらわなくても良かった、と死ぬときに思えたら良かったのに。やって、出会ってしまったらきっと俺は藍華を憎んでしまうと、心の底で分かっていたから。好きこのんで実の妹だった人を憎みたいなんて思う奴はおらへん筈や。せやろ?

「光君は、千歳君が好きなんやろ?ごめんねさっきの聞いてもうたんよ」

「…それが何やねん」

ごめんね、なんて思ってもないような顔しとる癖に何を言いよるん。じろりと睨むと藍華はにこり、と笑みを浮かべた。

「ええなぁ、千歳君。私も光君と付き合いたいなぁ。ね、光君私と付き合ってくれんの?」

「は…?意味が分からへんのやけど」

付き合う?何言うとんのこいつ。あまりに自信満々に言うもんやから思わず拍子抜けしてしまった。ていうか、はっきり言って嫌や。何で昔の実の妹と付き合わなあかんの。まぁ相手からしたら漫画の一番好きなキャラなんやろうから落としたいんやろうな。迷惑やわぁ。

「好きなの、光君が」

うっとりとした表情で頬を染めて俺を見てくる。普通の男子やったらこないな告白されたら嬉しいんやろな。漫画の財前光はわからんけど、残念やなぁ俺は欠片程にもときめかへん。むしろ寒気が止まらんのやけど!あああああかんっ蕁麻疹が!…どうにも俺はシリアスな雰囲気保ちきれんみたいやな…。自分が一番あかんやん。

「…悪いんやけど、斉田先輩と付き合う気はないっすわ」

ていうか俺が千里さん好きなの知ってて言うんそれ。それに今俺は千里さんしか眼中にない。…あ、自分で恥ずかしくなってきた。ふと反らしていた視線を藍華に向ける。先ほどの興膳とした表情はどこへやら、藍華は凍るような冷たい目をして俺を見ていた。それを見た瞬間ぞくりとした何かが背を通り抜けた。嗚呼いやや、めっちゃ嫌やー…嫌な予感。

「やっぱり、そうかぁ」

藍華は微笑みを保ったまま俺に近づいてきたかと思うとそのまま俺の首に手をかけた。思わずびくんと体が跳ねる。だが何時までたっても首を絞められる圧迫感は来ない。見ると藍華は俺の首に手を当てたままじっと俺を見ているだけやった。藍華は俺と目が合うといつもの可愛らしい笑みを浮かべていたのが嘘のように口元だけで冷たく笑う。

「薄々は気づいてたんよ光君のこと」

俺の、こと?
その言葉にどくん、と大きく心臓が波打つ。気づいてたって、何を?そう言おうとした唇はぴくりとも動かない。

「光君が来てからね、変わったんや。皆ももちろん、世界自身が。おかしいなぁ、私の世界なんに…なんでやろなぁ」

お前の世界ちゃうやろ。自分中心なの、やっぱり変わってへんのやな。藍華は俺の首から手を退けると足取り軽く歩き俺から少し距離をとった。距離をとっても俺達は視線を反らさないまま睨み合う。ふいに藍華は笑みを浮かべる。俺は藍華の口元が弧を描くのをまるでスローモーションでも見るかのように長く感じた。

「光君が私と付き合ってくれるなら許してあげようと思ったんに、残念やわぁ。ね、光君」

藍華は徐に携帯を開いたかと思うと画面を俺に突き付けてきた。その画面を見た瞬間、俺自身体から体温が引いていくのがわかった。俺の家の、風呂場の写メ。その中心で泣いている男の子。男の子の左頬がカッターか何かで切られたのか一本の切傷があり、真っ赤な鮮血が溢れていた。そこに写っていたのは紛れもなく俺の―――…

「恵くん、可哀想にねぇ」

驚愕で思考が鈍くなった脳に直接届くかのように藍華の堪えたような笑い声が響いていた。




2010.5.7

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