02



…随分気前のいい奴だな…なんか裏がありそう。てかこいつ一体誰だよ。一瞬そう疑問に思ったがそれを思考から追い出して願いごとを考える。

「ねぇ、私もそのテニスの王子様の世界に生まれるの?」
『おん。そうやでぇ』

まじですか。じゃあ妹に会う可能性もあるって訳か。

「どんな方法でもいいから妹に会ったら私だってわからないようにして」
『それでええんやな?』

男のにやつきを見ていられなくて目を反らす。何故だろう、あの男を見ているとぞくりとした悪寒が止まらない。

「いいよ。別に願いとかあんまりないし」

『…普通願い叶えたる言うたらお金持ちになりたいー、とか美人になりたいー、とかあるやろ。変な奴やなぁ』
「いきなりだったからね。思いつかないってのもある」
『そうかぃ、お前さんはやはりオモロイなぁ…今までの奴らとは大違いや…』

“今まで”の?一体どういう意味?

『ほな、いくで』

男の手が伸びてきて、私の両目を覆う。ヒヤりとした冷たい手、それが自分に触れているというのに反対に体は熱を持っていく。強烈な痛みと内側から発火するように熱くなる体に唇を噛み締め耐えた。

『さいなら、あっちでも気張りぃ。…負けたらあかんで』

痛みと熱で朦朧とする意識の中で最後に聞こえた男の声は何故だか悲しそうだった。どうして?そう尋ねようとしたが痛みに力が抜けていき、体が浮上する感覚が襲う。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…!!!!!!

いつの間にか先ほどまで居たあの場所ではなくて、男の姿もなくて目の前はただ真っ暗だった。白かった世界が反転して真っ黒。真っ黒なのに、目に焼き付いたように今まで生きてきた世界の様子が流れた。
椅子に座り本を読む私。私は本を閉じて立ち上がる。ふと振り返るとにこにこと愛らしい笑顔を浮かべた妹がいた。私も微笑んで妹の名前を呼ぶ。すると妹は嬉しそうに駆けよって来る。――…そして、

「おねぇちゃん、死んで」

妹の手にはキラリと光る銀色の、包丁。視界が歪んで最後に見えたのは綺麗に掃除された床だった。それに、じわじわと赤が広がっていく。恐る恐る胸に触れると突き刺さった包丁の固さが指に伝わってきて。
口端や鼻からも血が溢れてきて段々と冷たくなる自分の体に恐怖した。死ぬんだ、と思うと怖かった。
抜ける力を振り絞って上を見上げると真っ白なワンピースを着た女の人と一緒に妹が立っている。女の人の表情は見えなかったが妹は嬉々として笑っていた。嗚呼憎い。どうして笑ってるの、どうして私は倒れてるの、どうして私は――…

妹達が去ったあとで朦朧とした意識の中必死に生き延びる術を考えた。生き延びてやる、そう思った。

『死にたくないん?』

ふと頬に冷たい手が触れた。
視線だけを上に向けると端正な顔をした男がいた。男が微笑むたびに黒髪が揺れる。

『なぁ、死にたないんやろ』

男の瞳には何も写っていない。私が見えていないかのようだった。嗚呼、彼は死神なのだろうか。私はやはり死んでしまうの?

「死、にたく、ない」

最後の力で声を出す。掠れたその声はちゃんと男の耳にも届いたようで、男は嬉しそうに笑うと顔を私に近づけてくる。そして私の耳元で小さく呟いた。

『迎えにきたんや』

短めのさらりとした黒髪に五つのピアス。
…彼は、

そうだ、知っている。
私は彼を知っていた。

長い睫毛に縁取られた綺麗な黒曜石のような瞳は潤んでいた。意識が消えかかったときに頬に感じた水の感覚は。

『任せたで』


遠くで、私を呼ぶ声がした。



2010.3.7

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