ポケットに幸せを入れて



10月31日。ハロウィンと呼ばれる日。
いつもは軽いポケットが、今日は少しだけ重たかった。そっと手を忍ばせると紙が擦れるような音と、硬い手触り――今、俺の制服のポケットには友人や先輩などに貰った小さなお菓子が詰まっている。その中の飴玉を一つ取り出して口に含むと甘いいちごの味が広がった。
「(……あ、)」
ふと、窓の外を見て立ち止まる。
一際目立つ背の高いふわふわ頭の先輩が、校舎裏に消えていった。
その先輩の名前を呼ぼうとしたが、口の中で転がる飴玉を落としてしまいそうになり慌てて口を閉じる。
先輩の姿を探すように目だけ辺りをさ迷わせたあと、俺は考えるより先に校舎裏に足を向けた。
校舎裏は、裏山の次くらいに先輩がいる場所だった。放浪癖があってなかなか捕まらない先輩は、一日の昼休みくらいにいつもそこにいる。まぁ、それを知っているのは俺だけやけど。ちょっと優越感。
「千歳先輩」
「ん?光くんばい、どげんかしたとね」
先輩の名前を呼ぶと首だけこちらを向いた。だがすぐに視線は足元に戻る。先輩の足元にはたくさんの猫が群がっていた。嗚呼、そう言えば校舎裏の塀の下辺りが崩れていた。そこから猫が入り込んだのか。
「めっちゃいますね、猫」
「うん。むぞらしか〜」
千歳先輩がしゃがみ込んで猫の首元をくすぐるとにゃぁん、なんて媚びるみたいに鳴いた。先輩は俺のやし。ムカつく。
顔をしかめると下から千歳先輩のくすくす笑いが聞こえた。
「光くんもむぞらしか。で、どげんしたと? 用があったっちゃろ」
「え、あ、えーと」
そう言えば考えていなかった。……なんとなく、千歳先輩が見えたから追いかけただなんて言えない。俺、めっちゃ千歳先輩のこと好きみたいやんか、恥ずかしいちゅうねん。
ぐるぐる悩んで、ふいに手がポケットに触れた。カサリと音を立てた中身に言葉をひとつだけ思いつく。
「とりっく、おあ、とりーと」
嗚呼、こんなん英語が得意とか言えへん。恥ずかしさで震えてしまった声で言った英語の発音は最悪やった。
千歳先輩はきょとんとした表情をした後、困ったみたいに笑った。
「うーん、お菓子、持ってなかとよ」
ごめんねと言った先輩は本当に申し訳なさそうで、こちらが悪いことをしてしまった気になる。思わず首を思いっきり左右に振った。
千歳先輩は猫を撫でていた手を止め、のそりと立ち上がった。スラックスに付いた土を落として、俺ににこりと笑いかける。そしてゆっくり両手を広げてみせた。
「先輩?」
意図がわからず千歳先輩を見上げると千歳先輩はもう一度笑った。
「イタズラ、するっちゃろ?」
おいで、と小さく呟かれた言葉は、優しかったけど俺には何故かひどくいやらしく聞こえた。顔に熱が集まるのを感じる。多分、耳まで赤い。
どうしようか、と少し迷ったがぎゅっと千歳先輩に抱きついてみた。自分から行動を起こすのは珍しいと思う。やっていつも千歳先輩は俺の欲しいもん全部当ててまうし、すぐくれるし。
鼻をくすぐる千歳先輩の匂いにどきどきしつつ、背伸びをして先輩の鎖骨に噛みついた。
「痛、っ」
千歳先輩の声に慌てて口を離すと結構思いきり噛みついたからか、くっきりと歯形が付いていた。キスマークよりええかも――とか思ったりして。
ちらりと千歳先輩を見ると目が合った。あ、先輩、意地悪い顔しとる。
「光くん、悪い子っちゃ」
顎を支えられ上を向かされると、すぐに千歳先輩のキスが降ってきた。舌が口内をくすぐり口端から唾液が垂れそうになる。やっと離れた千歳先輩の唇はどちらのものか分からない唾液で濡れていて、その唇はにやりと弧を描く。
「ごちそうさま」
すっと離れた千歳先輩に違和感。いつもなら、ここまできたら強引にでも押し倒されるのに。中途半端に体が火照って、俺は千歳先輩の裾をぎゅっと握りしめた。
千歳先輩は、光くんから飴貰ったけん悪戯出来んばいねぇ、と言った。そう言えば、口の中の飴玉が消えている。
千歳先輩は笑顔のまま、俺の髪を撫でるとさっさと何処かへ歩いて行った。先輩の姿が見えなくなったあと、俺は崩れるように座り込んだ。
欲か羞恥か、火照った体を抱き締めた。急に座り込んだ俺を見て猫はどうしたの?とでも尋ねるかのように鳴く。いや、ただ構って欲しいだけなのかもしれない。心なしかそわそわしている猫たちを尻目に千歳先輩とのキスを思いだす。
嗚呼ほんまに、恥ずかしい――でも、
「飴ちゃん、食べんかったら良かったわ」
ため息を吐いて膝を抱えるとポケットに手が触れる。迷うことなく、新しい飴玉の包みを取り出して破ると口に放り込んだ。先ほどと変わらない甘さが広がる。
でも、何故だかひどく物足りなかった。






End.

千歳は自然の匂いがしそう。土とか葉っぱとか。そして光君はそんな千歳の匂いが大好きだといいな。
2011.11.6
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