僕のロミオを返して 5



月日は流れて、あれから一年が過ぎた。あのまま外国の学校に残ろうかとも思ったけれど結局戻ってきてしまった。一年ぶりの故郷は何一つ変わっていない。変わったのは、俺の心が穏やかさを取り戻したこと。最初はあの日のことを思い出して泣くこともあったけれど。今は切なくはなるけれど昔のように取り乱すほどではなくなった。
「…懐かしい」
制服もそうだけれど、学校に植えてある桜が懐かしかった。まだ葉の方が多いけれど、ピンク色をした蕾が疎らに混ざっている。俺は今年、高校三年になる。三年から戻ってくることになるから、暫くは暇になるなぁなんて考えながらざわつく風の音に耳を傾けた。風が吹き抜けて、桜の葉と俺の髪をさらっていく。
今は三月、丁度卒業シーズンだ。
白石先輩と謙也さんはやはり医学系の大学へ進学するのだろうか。そう言えば、遠山が入学してくる前に留学してもたけど、アイツは元気やろか。ユウジ先輩と小春先輩は多分相変わらずやと思うけど、大学はユウジ先輩どないするんやろ。小春先輩追いかけて行くんかな。…千歳先輩は、今どうしているだろう。
留学して心は落ち着いた。思い出して傷付くことも無くなったし、泣くことも無くなった。けれど、想いだけはそのまま残ってしまった。何も言わず、逃げ出した俺を千歳先輩はどう思っただろう。少しでもいい、寂しいと思ってくれただろうか。
「やっぱり、帰って来んどけば良かった」
此処には、思い出が多すぎる。また繰り返してしまいそうで怖かった。結局俺は何も変わってなどいない。ここに来てそうわかった。
この場から立ち去ろうと、桜に背を向けたとき。ざり、と砂を踏む音がしてそちらを見て、目を見開いた。驚いたからか体が硬直して動かない。その場にいた相手もそうだったようで、固まったまま動かなかった。ざわざわと、胸が騒ぐ。逃げようと思うのに、まだ体は言うことを聞いてくれなかった。
会いたくて、会いたくなかった人。俺を見つめたまま立っていたのは、紛れもなく千歳先輩本人やった。
「…ひかる!!!」
先に動いたのは千歳先輩の方やった。俺の腕を掴んで引き寄せる。懐かしい千歳先輩の匂いに包まれて、停止していた思考が戻った頃、やっと自分が千歳先輩に抱き締められていることがわかった。ドクン、と心臓が波打ち始める。止まっていた時間が動き出すように、ドクドクと心臓も鼓動を早くした。
「………なんで」
「光?」
「なんで、なんでや、なんで抱き締めたりするん!会いたくなんかなかった、アンタなんかに会いたくなかったのに…っ!」
力いっぱい暴れても、千歳先輩は腕をほどいてくれんかった。逆に強くなっていく。
「俺は、会いたかった」
「そんなん嘘や、信じられん」
千歳先輩の腕に爪を立てて力が弱まった隙に千歳先輩から離れる。見上げると千歳先輩は泣きそうな顔をして俺を見ていた。泣きそうなんは、俺の方やのに。
「…俺のこと捨てたくせに。いきなり目の前に現れた女に簡単に惚れたくせに。そんなに簡単に好きになるんやったら、きっとまた違う人好きになる。他の女好きになって、また俺のこと捨てて行くんやろ、そんでまた俺は同じ思いせなアカンのやろ!」
力無くその場に座り込む。
悲しかった、辛かった、…千歳先輩が好きだった。でも好きなのは俺だけで、千歳先輩は俺を捨てて女のとこに行ってもた。千歳先輩は知らんやろ?俺がどんな思いしたか、やっぱり女の方がええんやって千歳先輩と付き合ったことを後悔した。自分のことが嫌いになった。
「光、俺は…」
「そんなん、嫌や…。あんな思いしたくない。もう、後悔したくない」
千歳先輩からも現実からも逃げて。外国にまで逃げてみたけれど、結局俺は何も変わらなかった。だって、今もこんなに千歳先輩が好きなんやから。やからもう千歳先輩を好きになったことを後悔させないで欲しい。
「……ろ」
「光、聞いて欲しか。俺は、」
「消えろ言うてんねん!早く、消えろ!!!」
うつむいて耳を塞ぐ。小さな声で千歳先輩が何か言った気がしたけれど、耳を塞いでいたからわからなかった。重なっていた影が離れて、土を踏む音が遠ざかっていく。暫くして顔を上げると周りに人の気配は無くなっていた。風で桜の葉が揺れる音だけが辺りに響いていた。
「……消えろて、なんやねん」
自分で言ったことなのに、どうしようもなく切なくなった。

その後、どうなったかわからん。気付いたら家に帰ってきていて、部屋に閉じ籠って泣いた。久しぶりに、こないたくさん泣いた気がする。
泣き疲れてそのまま丸くなって眠った。夢の中で俺と千歳先輩は手を繋いで笑っていて、そのまま眩しすぎるくらい明るい光の中に歩いて行った。
目が覚めたあとまた涙が落ちた。
叶わなかった、未来を見た気がして。





2011.4.11

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