僕のロミオを返して 3



朝、財前に会った後部活に顔を出す気になれずふらふらと町を歩き回り結局学校に着いたのは昼だった。クラスに顔を出すと白石がこちらを見、むすりと不機嫌な顔で俺を睨み付けてきた。美形なんに、もったいなか。まぁそんな顔をさせているのは俺なのだが。
「お前また部活サボったやろ」
「うん。むぞらしか猫さん追いかけとったと!そうしたらこんな時間に」
「ったく、放浪癖も大概にしぃや。…あ、そう言えば財前見んかったか?」
「財前?」
彼は今日、朝練に出なかったのだろうか。朝の出来事を思い出しながら考える。
「最近元気なかったからな、心配やわ。千歳お前財前と仲良かったやろ。なんかわかるか?」
思い出すのは、財前がかけてくれたあの言葉と疲れたような表情。ただそれだけだった。最近まともに話をしていなかったから。付き合っていた頃は一日の大半を財前と過ごしていたが、別れてからはオカシいくらい会わなくなった。俺は、時々見せてくれるはにかんだ笑顔が好きだった。…好きだった、のに。
―――…財前は、どんな顔をして笑っていただろうか?
「…わからん」
胸にぽっかりと穴が空いたようだった。俺は、どれくらい財前と離れていただろうか。財前はどんな子だった?
思い出すのは、無表情でいてそして悲しそうに見上げる財前だけ。思い出せない、わからない。そのことが無性に怖くなった。
「何も、わからんばい」
財前に会わなければ、そう思い教室から出る。次の授業受けや!という白石の大声を聞かなかったことにして廊下をふらついていると視界の端に綺麗な黒髪が写り視線を向けると、焦がれてやまない彼女の姿があった。彼女は、軽い足取りで階段を上り屋上へ消えていった。なんとなく胸がざわついて、思わず彼女の後を追う。階段を上ると、屋上の扉が少しだけ開いていた。
扉を開け彼女の名前を呼ぼうとした時だった。
「なんかね、飽きちゃったの。」
彼女は空に向かって何かを喋っていた。綺麗な黒髪を指に巻き付け遊びながらわざとらしくため息を吐いてみせる。いつもと、雰囲気が違う。彼女はいつも笑顔で、明るくて、人を癒すような空気を纏った娘だった。なのに、何故だろうか、全く別の人物に見える。
「トリップして、逆ハー補正でみんなに愛されたからかな。飽きちゃった、この世界に。ねぇ神様、私、今度は違う世界に行きたいなぁ」
彼女の発する言葉の内容は半分も理解出来なかったが、すぅっと胸の中にあった彼女への恋慕の情が消え失せるのを感じた。
「わぁ!やったぁ、神様大好き!」
彼女が至極嬉しそうにそう呟いた瞬間、彼女は空に溶けるように消えていった。目を見開く。思わず階段を駆け下り教室に戻る。早鐘を打つ心臓を押さえていると白石が不思議そうに俺を見ていた。
「白石!あの娘は、…!」
彼女の名前を言うと白石はあぁ、と納得したみたいな表情になり、眉をハの字にして笑った。
「急に転校してもたらしいわ。なんや水くさいなぁ、何も言わんと転校するやなんて」
「転、校…!?」
あはは、と笑う白石に心臓が爆発するんじゃないかってくらい脈打ち冷や汗が背を伝う。転校した?彼女は今、目の前で消えたのに?先ほどまで普通に廊下を歩いていたのに?それに白石はあんなに彼女に執着していたのに何故普通でいられる?
「まぁそんなことより、千歳早よう財前と仲直りせぇよ。どうせお前が財前を怒らせたんかなんかやろ」

ぱちん、と頭の中で何かが弾けた。

思い出すのは、最初に出会った日からの出来事。一目見たとき俺は彼を幸せにしてあげないけんばい、と思った。暗い表情をしていた彼が段々と心を開いてくれて、初めて笑顔を見せてくれたとき。真っ赤な顔で俺を見上げるとき。
彼が、愛しくて仕方がなくて、抱き締めた時絶対この手を離さないと誓った。どうして、気がつかなかったんだ。泣いていたのに、どうして。
教室を飛び出して財前を探す。教室に行くと今日は来ていないらしい。学校に来ていないなら、と町中を走り財前を探すが見つからない。家にも帰っていない。汗が肌を伝うが気にならないくらい夢中だった。
辺りが暗くなるまで探すが見つからず仕方なく家に帰る。
「…明日、会えばよか」
そい自分に言い聞かせた。大丈夫、明日財前に会えばいい。詰めた息を吐き出して、目を閉じた。目蓋の裏に貼り付いて離れない、財前の泣きそうな顔が胸を締め付けた。

「…ひかる」
別れたあの日から、ずっと呼んでいなかった彼の名を呟いてどうしようもなく苦しくなった。呼んでも、返って来ない返事がただ悲しい。玄関の扉を背にずるずると座り込み両手で顔を覆った。




謝りたかったのに。
愛している、と伝えたかったのに。
彼は、いなくなってしまった。





2011.4.8

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