僕のロミオを返して 2



ゆるりと時間は過ぎて、俺が外国に渡る期限は明日にまで迫っていた。最初両親に言った時は止められた。お金、かかってまうし。やけど両親に頭を下げて頼み込んで許してもらった。将来俺が自分で金が稼げるようになって、一人で生きていけるくらいにまでなったら両親に恩返しをしよう。
テニス部最後の朝練のため早く起きて鏡の前に立つ。留学するからテニスが出来ないということではなく、これを期にテニスを止めようと思う。何もかも苦しくなってしまった。あんなに楽しかったテニスがただ苦しいだけのものになってしまったから。
顔を洗いいつも付けているピアスに手を伸ばしハッとした。付き合って間もない頃に貰った千歳先輩のピアス。中学を卒業後、態々新しい穴を開けて付けた。
口を引き締め五輪ピアスだけを付け先輩に貰ったピアスは制服のポケットに忍ばせる。これは、千歳先輩に返そう、だって持っては行けないから。
鞄を持ち家を早足で出る。俺の心とは反対に空は眩しいくらいの青空やった。それが恨めしくて下を向いて歩く。
不意にカラン、と音がして足を止めた。聞きなれたその音に顔を上げるとやはり知っている人物がいた。出来れば、会いたくなかった。その人物…千歳先輩は俺に気がつくと少し気まずそうな顔をした。多分俺もそんな顔してると思うけど。
「朝練、行くと?」
先に口を開いたのは千歳先輩の方やった。俺はその場を動かずにこくりと頷く。千歳先輩はこちらに歩いてきて、隣に立つ。一緒に行こうて意味なんやろうけど、どうしても千歳先輩の隣を歩く勇気がなくて歩き出した千歳先輩の一歩後ろを歩いた。
最近先輩を避けていたし先輩は放浪癖があるから、こうやって会うのも、隣を歩くのも久しぶりかもしれない。
「財前」
名前を呼ばれてまたうつ向き気味やった顔を上げる。千歳先輩は前を向いたままや。
「傷付けて、すまん」
「なんでそないなこと言うんすか」
「そう思ったけん」
千歳先輩は少しだけ俺を振り返った。寝不足の目には朝の日の光が眩しくて千歳先輩の表情は口元しか見えないけれど、きっと優しい表情してる。
嗚呼、そんな顔をするからや。だから、俺はまだ千歳先輩を諦められずにいるんや。そない優しい顔をするから、アンタを嫌いになれないんや。
「千歳先輩、話があります」

本当は言いたくない。でも、言わなければ前に進めないから。千歳先輩も、俺も。俺は逃げます、せやけど千歳先輩は前に進むんやろ?俺は千歳先輩が好きやから、最後に千歳先輩の背中を押してあげたかった。
「先輩、頑張って彼女を振り向かせて下さいよ。やないと、別れた俺が、惨めやから。傷付けたて、そう思うんやったら…」
これ以上、言えなかった。泣きそうやったから。無理に笑みを作りそう言うと千歳先輩はびっくりしたみたいに目を見開いた。そのあと暫く俺を見つめて、そしてふわりと笑った。
「ありがとう、財前」
俺が大好きな笑顔で綺麗に笑うから、枯れたはずの涙がまた零れそうやった。走馬灯みたいに先輩と過ごした毎日のことが頭の中を駆け巡って、消えていく。


「大好きでした。―――さよなら」


先輩を追い越して全力で走る。走って走って、気が付いたら四天宝寺中学校の裏にある山の前まで来ていた。よく千歳先輩が学校をサボって来ていたところ。千歳先輩との思い出に潰されそうで、此処から去ろうと思ったけれど、多分何処に行っても千歳先輩を思い出すんやろう。やったら、ここでええやないか。手入れされていないから、雑草だらけで、草を踏みしめ山を登る。ここの上には小さな祠と鳥居があって、よく鳥居の前で千歳先輩と一緒に過ごした。誰も知らない、千歳先輩と俺だけの秘密の場所。
鳥居の前に着いて、座るのにハンカチを取り出そうとして指先に当たる硬い感触にそれを思い出した。
「結局、返されへんかったわ」
ポケットに入れていたピアス。日の光でキラキラ輝いて、眩しい。…眩しくて、涙が止まらない。ぼたぼたと溢れて、玉になって落ちる。ひくり、と喉が鳴った。
「ふ、ぅ…ふぇ、っあああぁああああああ゛!!!」



好きでした。大好きでした。
千歳先輩が、大好きでした。






2011.4.8
誰だこいつら。別人やないか。

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