僕のロミオを返して



好きだと言われたんだ。
学校が終わると先輩の隣に立って、手を繋いで帰る。そのたった小さな幸せが、こんなに早く奪われることになるなんて思わなかった。俺と先輩は男同士やし、ずっと側にいられるなんて思っていないけどそれでももう少し側にいたかったよ、
千歳先輩、もうアンタには俺の声は聞こえていないのだろうけれど。



突然転入してきたと言って現れた彼女は、すぐにテニス部に入り込んできた。彼女は、太陽みたいに綺麗に笑うのだけれどその笑顔に俺は少しだけ悪寒が走るのを感じた。言っては悪いが気持ちが悪い、と思った。だが、そう思ったのは俺だけやったみたいでテニス部のレギュラーや他の人皆が彼女の笑みに頬を染めた。
その中に、千歳先輩もおった。
最初は信じられんかった。
千歳先輩とは、千歳先輩が中学を卒業する前くらいから付き合っている。少し抜けてて優しい千歳先輩が大好きで仕方なくて、依存するみたいに暇があれば千歳先輩の側に自分から寄っていく。千歳先輩も、何より俺を優先してくれた。
だが、彼女が来てからは変わった。テニス部の皆は…何があっても彼女を優先する。千歳先輩もそうなった。
何より聞きたくなかったあの言葉を聞いたのは俺が高校一年の秋くらい。俺と千歳先輩は、別れた。理由なんて聞かんでもわかりますやろ?「あの子んこつ、好きになったけん…別れて欲しか」やって。笑えるわ。ずっと一緒におる俺より、誰にでも愛想振り撒く彼女がええんやて。そう、彼女は誰にでも優しくて俺なんかより遥かにいい人。やから彼女を選んだのは普通やてわかってる。…頭ではわかっているのに、その言葉は俺の胸を抉った。俺の世界が崩れた気がした。千歳先輩が鮮やかにしてくれた世界が灰色に染まった。千歳先輩が、彼女の側で笑っているのが耐えられなかった。

…そんな時やった。俺に留学の話が持ち上がったのは。外国にある学校と交換留学の話がありそこに一年間通ってみないか、ということらしい。
「以前英語の勉強をしたいと言ってたやろ?だから財前はどうかと思ったんやけど」
担任はにこりと笑って資料を広げた。
確かに、勉強するにはええかもしれへん。
「悪くないと思う。どうや?」
「…そうっすね…」
仕切りに勧めてくる担任に不思議に思いつつ机を見ると数人の名前が書かれたメモ用紙があった。俺以外の人の名前の横に×印が書いてある。なるほど、やたら勧めてくる思ったら他の人に断られたんか。
どうしようか迷っていると後ろから見知った声が聞こえてきた。その声にビクリとする。
「浪速のスピードスターって…」
「ちょ、やめや!それは言うたらあかん…っ!」
「言うたらあかんて今更やん」
「うっさいわ!お前もエクスタシー言うてたやんけ!」
「おい、黒歴史掘り起こすなや!」
白石先輩と謙也さんや。それと、
「喧嘩はやめなっせ。ほら、声大きかけん皆見とうよ」
「そうだよ、二人とも仲良くしなきゃ!…ね?」
千歳先輩と、彼女の声。
楽しそうなそれに、指の先からゆっくりと体温が抜けていくようやった。冷や汗が背中を伝う。胸がズキズキ痛み悲鳴をあげる。
「(あの場所は俺のもんやったんに)」
そう思ったって、もう遅いけれど。
「―――…先生」
家にも学校にも、唯一の居場所やった先輩の隣も失って。ええ機会やったんかもしれん。
「留学、させて下さい」
資料に目を落としたまま、そうはっきり告げると担任はほっとした表情になりそれから痛いくらいに俺の背を叩いた。
「そうか!お前ならそう言ってくれる思ってたで!…頑張れや」
「はい」
担任から書類などを受け取り職員室を出る。廊下でまだ口論してる先輩らに目を向けると千歳先輩と目が合った。俺は無意識に書類を隠す。この書類について聞かれるのが怖かったのかもしれん。だがそんな心配無用やったみたいで、千歳先輩の視線は直ぐに反らされた。視線の先には、彼女がいた。
「千歳先輩、」
声に出ないくらい小さく先輩を呼ぶ。
振り返らない。わかっているのに呼んでしまうのは、もう癖のようなものだ。仕方がないのだ、ただ苦しくて寂しいだけ。だから大丈夫。
資料がぐしゃりと音をたてたのに気付かないフリをした。







2011.4.8

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