君の背中



「うぅ、ぁ、が…は、ぁ…!」
副作用が出たから、もしかしたらとは思ったけれど。合宿所の個別の部屋のシャワールームで、ひとりうずくまり自身の体を抱きしめる。
体が切り裂かれるような痛みと共に変形する腕。体毛が鳥の羽に変わる。あまりの痛みに頭を掻きむしるようにぐしゃりと撫でるとハラハラと落ちてくる羽。真っ白なそれは綺麗だけれど、それが人間である自分から落ちてきたものであると認識すると気持ちが悪くて仕方がなくなる。
「俺は、人間じゃ…!人間なんじゃから、こんなん落ちてくるはずなか!俺は、俺は!」
腕が傷だらけになるのも気にせずに引っ掻く度に抜け落ちる羽。それらは仁王の体から生えていた。
遺伝子実験。人間と古代生物や動物の遺伝子を組み合わせ本来人間が持ち得ないその動物の特性や力を人間に発揮出来るよう遺伝子組織を組み換えられた人間、だったもの。それが俺だ。同じ実験を経験した仲間は、どれくらい生き残ったのかわからない。それくらい、仲間は死んだ。いや、体は死ななかった。心は死んでしまった。ぐちゃぐちゃに崩れ人間離れした自分の姿に皆耐えられなかった。その中で俺だけ、人間の姿を保っていられた唯一の実験体だった。俺は、どの生物の遺伝子を組み込まれても人間の姿を保っていられたから。研究者達はそんな俺を見て成功だと笑い更に俺を追い込んだ。
痛かったけれど、苦しかったけれど。きっと俺がどんなに実験を繰り返しても人間の姿を保っていられたのは、彼がいたからだ。――…財前光。年がひとつしか違わない弟のような、家族のような存在だった。
最初、出会った頃は脱け殻のようだと思った。誰が話しかけても何も答えず、ただ空を眺めていた。そんな彼に皆愛想を尽かし離れていった(皆仲間を求めて群れていたから不思議だった)。光がいつ実験を受けていたのか知らない。光はふいに消えるように研究者に連れ出されふとしたときに戻ってくる。戻ってきたときにはいつも頭に包帯を巻いていた。
どうしてかはわからないけれど、俺はそんな光の側が一番心地よかった。そんな光が、初めて発した言葉が「死にたい」だった。光はその言葉を呟き空洞みたいな瞳から涙を溢した。
ここの奴らは皆どんなに苦しい実験を繰り返されても生きたい、と必死でもがいていたから驚いた。時に涙が止まらなかった。どうして、と思った。俺達が何をした?俺は光を掻き抱いて泣いた。俺も光も一緒にずっと、泣いた。離れるときまでずっと一緒に。

「仁王さん、ここにおった」

光の声に目を見開き顔を上げると光が立っていた。ずっと一緒にいた光は、苦しい時いつも俺の側に来てくれる。テレパスでも持っているのだろうかと思うくらい絶妙のタイミングで、いつも来てくれる。
シャワールームには鍵を掛けておいたのだけれど、無理矢理こじ開けたのか取手が変形していた。いや、違う。光は左腕を握りしめているから、無意識に力が暴発したようだ。光は俺の側に崩れるように座り込むと俺をぎゅっと抱きしめてきた。
「仁王さん、痛い?」
「痛い、痛い…!ひかる、助けて」
光の体は震えていた。ここに鏡はないから、今俺がどんな姿をしているのかわからないけれど、きっと化け物みたいに醜い姿をしていることだけはわかっている。
床に敷き詰めてある防水のタイルが俺が撒き散らした羽で所々見えない。真っ白な羽が広がるその床を見ながら幸村のことを思い出した。仁王、と綺麗に笑い俺に手を差しのべる。幸村には、ずっとこの姿を見られないよう隠してきた。きっと俺のこんな姿を見たら怖いと思うから。気持ちが悪いと思うから。そう思われることが俺にとって、一番怖い。

「光、怖い…!こんな姿、嫌じゃ…!幸村に嫌われる、嫌われとうない!嫌じゃ、嫌いにならんで…幸村、」



ずっと、幸村の背中を見てきた。
俺はその背中を追いかけて名前を呼ぶ。そうしたら振り返って笑ってくれるから、それが好きで、いつの間にかいつも幸村を追いかけていた。
振り返ってくれると信じてるから。


だから、その背中が俺を置いて行ってしまったら、きっと俺は生きていけない。







2011.3.24
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