ぎゅっと後ろから抱きつかれて驚いていると、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。回っている腕の先、右手にはめられた指輪を見てそれが俺の大事な名前であることがわかった。そうでなくても、俺に抱きついてくるのなんか兄貴か名前くらいなものだし、俺が名前を間違えるわけがない。

「どうしたの?」
「んーん、何でもないよ」

そう言ってぎゅーっと一度力を込めて俺を抱きしめたあと離れていく。

「外ね、雪降ってた」
「どうりで寒いと思った。兄貴マフラー持ってきてなかったけど大丈夫かな」
「わ、それは大変。私の貸してあげようかな」
「そしたら名前のがないでしょ」
「ゆうたくんとくっついて帰るから寒くないもん」

そう言う彼女は結構な寂しがりやだ。抱きついてくるのはその証拠。スキンシップの多さがとても恥ずかしかったころが懐かしい。それに名前が俺のことを好きでいてくれることがすごく伝わってくるから嬉しい。

「もうこんな季節なんだね」
「こんな季節?」

俺が聞き返すと、名前はふにゃりと眉を下げながら、

「卒業したらゆうたくんは夢ノ咲に行くんでしょ。時間が経つのは早いよねえ」

と言った。
寂しがりやの彼女に初めてアイドルになると告げた時、それはもう泣きそうな顔をしていた。でも、どんなに目に涙を溜めていようが、彼女は笑って応援すると言ってくれた。彼女がしている指輪はその時に寂しくないようにと渡したもので、俺の右手にも同じものがはまっている。

「気が早いよ。まだ年もこしてないのに」
「そうだ!初詣行こうよ」

彼女は唐突に話題を変えた。絶対に寂しいとは口に出して言わない。恥ずかしがり屋なんだ。そんなところも可愛いし、言葉にしなくても行動でわかる。

「クリスマスは会う約束したけど新年も家族以外ならゆうたくんに一番最初に会いたいな」

えへへと無理して笑う顔に、寂しいが見えて、俺はそうだねと言って、彼女の手を握った。

「寒いから。手を繋いで帰ろう」

彼女は今度は嬉しそうに満面の笑みを見せた。





ライブの準備に忙しくて最近は酷くばたついていた。名前へのメールは途切れない程度にはしていたけれど、会うことはおろか電話すらできな日々が続いた。

ようやく落ち着いて、まず一番初めに名前の声が聞きたくなって、すぐに通話のボタンを押した。この時間なら問題なく電話に出てくれるはず。

いち、にい、さん。はやる気持ちでコール音をカウントする。そのたった3秒間ですら煩わしかった。

「ゆうたくん?」

小さな彼女の声が聞こえてきてきゅっと胸が苦しくなる。好きが募ると苦しくなるなんて、名前に出会うまで知らなかった感情だ。

「今、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。お仕事終わったの?」
「やっとね。兄貴が無茶するから今回も大変だったよ」

俺がそういうと相変わらずだねところころと笑い声を響かせる名前。

「ごめんね、元気だった?」
「メールで私が元気なの知ってるでしょ。こないだは友達と美味しいパンケーキ食べに行ったし、あ、そうそう、久しぶりに水族館に行ったんだけどね、イルカショーがとってもすごかったって話をしたじゃない?ほんとにすごくてまた見に行きたいくらいだったの」

そういえばメールでそんなことを言っていたなと思い返す。これだけ力説するということは本当に楽しかったのだろう。
彼女は寂しがりやだ。同時に恥ずかしがり屋でもある。本当は俺と行きたいと言いたいのだろうけれど、それは伝えない。その代わりにいつもぎゅっと俺を抱きしめるのだ。

……彼女は、"寂しがりや"だ。
同時に本音を隠してしまう"恥ずかしがりや"でもある。

「ねえ、これから会える?」
「え、夜も遅いしまた今度のほうがいいんじゃない?」
「家の前まで迎えにいくから、だめ?」

うん、いいよ。
電話口から聞こえた彼女の声は至って変わらない、いつも通りの声だった。


急いで支度をして彼女の家まで向かう。電話の待ち時間ですら煩わしかったのに、移動時間となるとあまりにも長すぎて、1秒が1分に、1分が10分に、10分が1時間に感じられた。

もうすぐ着くと連絡を入れると既読マークがついた。それを横目に住宅街を駆けていく。

白い息を吐き出しながらたどり着いたその先では、俺と同じように白い息を吐き出しながら彼女は待っていた。
足音で俺に気づいた彼女は、俺を見つけるなりふにゃりと顔を緩ませて、

「ゆうたくん、」

俺の名前を呼んだ。

彼女は寂しいなんて言わない。いつも俺のことをぎゅっと抱きしめて、寂しいという。

「名前、ごめんね、」

ぎゅっと彼女を抱きしめてやるととても冷たかった。もしかしたら、俺が連絡してからずっと外で待っていたのかもしれない。

「いつもと逆だね。どうしたのゆうたくん」

彼女は俺の胸の中でクスクスと笑う。

「ずっと我慢させてたんだね。ごめん」
「仕方ないよ、ゆうたくんお仕事だし」

彼女は俺が言わんとすることに気がついているようだ。それでも彼女は寂しいと言わない。恥ずかしいから。それだけじゃないはずだ。俺が夢ノ咲へ行くと告げた日。あの日彼女は俺の背を押してくれたあの日のように。彼女は俺のために寂しいを隠している。

寂しくない訳ないのに。
そんなこと、俺はとっくに知っていたのに。

背に回していた手を外してするりと彼女の赤く染まった頬に滑らせる。とても冷たいそれは言葉以上に寂しいを写し出していた。

「でももっと早く気付いてあげればよかった。言葉に出していいんだよ。我慢しなくていいから。寂しいって言ってよ」

彼女の目にどんどん雫が溢れていく。

「う、うえ〜〜ん!!寂しいよお、ゆうたくん!!」

彼女は声を上げながら俺の背に手を回してぎゅうと俺を抱きしめた。迷子の幼子が母親を見つけてすがるように、彼女は俺を抱きしめる。その力強さがどれだけ寂しかったことかを教えてくれた。今までどれだけ我慢させてしまったのだろう。

「俺もとっても寂しかったよ」

愛おしい、それ以上の感情が見つからない。



20191230
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