星を汚す | ナノ





※攻め精飲注意




絶頂を促すように強く吸えば、呆気無く静雄は達した。いつもより少しだけ早いかもしれない。とくとくと口内に溢れる苦味とも甘みともつかない味を舌で転がしゆっくりと飲み下す。喉の動きをわざと見せつけるようにすれば、静雄の目はうろうろと泳ぎ眉が寄る。見てはいけないものを見ているのだ、とでも言うようなその動きは臨也を高揚させ、また同時に苛立たせる。
逃げるように逸らされた顎を掴んで口内を犯す。静かに唇を啄み、緩急をつけながら少しずつ深く。このタイミングで深く口付ければ静雄は自分自身の味を知ることになると思うと可笑しさがこみあげて、わざとこすりつけるように舌を動かした。そんな臨也の思惑を知ってか知らずか、いつまでたってもキスに不慣れな舌先はただ臨也にされるがまま自身の精液の味を享受している。まるで舌同士が身体を合わせているかのように触れ合わせれば、頑なだった表情が弛緩していく。
「っん、う…」
舌先が痺れるほど強く吸えば抜けるような声が漏れた。ああもう少し。息をする間もできないぐらい勝手なリズムで動作を繰り返す。
求めるように仰け反った喉笛に食らいついたところで、臨也は考えるのをやめた。


じっとりと汗ばむ不快さに意識が浮上する。まだ覚醒しきらない思考を手繰り寄せながら、立ち上がり洗面台へ向かう。電気も点けないまま、レバーを上げて水を流し、そろりと嘔吐した。流れていくそれに食物の類はない。ただほんのりと白濁が混ざっている。行為の最中、必ず臨也は静雄の精液を飲み下す。最初はただの嫌がらせの類だったのだと思う。どうせ吐き出すか腹を下すだけの白濁は臨也の中になにも産み出しはしない。彼との行為に生産性など求めてはいないけれど、意味ぐらいはあってもいいじゃないかと思う。なければならないような気もする。そして理由を寄せ集めかき集めては、ああでもないこうでもないと廃棄してきた。
彼の中の何億という可能性を食らっている。臨也が静雄の白濁を飲み下す限り、この行為は純然たる捕食だ。けれどその建前すら、もう随分と頼りなくなっていることに臨也は気付いている。
静雄は最中にあまり声をあげない。いや、声をあげないというよりも、感度が低い。ゆるゆると這い上がるように登り詰め絶頂はするものの、あられもない声で喘いだり、我を失ったように身をよじることはない。その瞳に浮かぶのは怯えや拒絶、戸惑い、そして羞恥ばかり。その中に所在なさげにうっすらと浮かぶ欲を引きずりだしたかった。自分ばかりが感じ入っているというのはどうにも分が悪い。
丁寧に前戯をほどこしてようやく静雄の中心は硬度を増す。彼が快楽を示しているときだけわずかばかり優位に立てているような気がして、臨也はそこへ手を伸ばす。包み、扱き、舐め、飲み下す。
自分のを飲まれる瞬間の、羞恥と罪悪感でないまぜになったような表情は確かに臨也の欲を煽っていた。けれど決して満足はさせてくれない。もっともっと、その先が見たかった。

ベッドへ戻りうつ伏せに身体を投げ出すと、スプリングの効いたマットは臨也の体躯を受け入れ、深く深く沈んでいく。そのシーツの中にふいに鼻を抜ける微かな香りを感じ取ってしまい、逃れるように身体を仰向けに転がした。淡いメンソールのそれは、静雄が愛用している煙草の香りだ。
またベッドで吸ったな
次会うときには文句の一つも言ってやろう考えながら、次、を想定している自分に臨也は自嘲気味に笑った。

静雄とは週に2,3度身体を合わせる。高校時代から続く因縁は、傍から見ればわからない程度に形を変え姿を変え、互いに危ういところで均衡を保ってきた。有体な表現に頼るなら、臨也にとって静雄は星だった。焦がれはしても、望むことなどできないはずの。なのに、手を伸ばしたそれは存外容易く落ちてきた。一線を越えてしまったのはごくごく最近の話だ。きっかけはどうでもいい。大事なのは理由だ。最初は単純に汚してやりたかった。光に透ける金色や真っ直ぐに射抜くその目、身にまとう孤独や境遇にそぐわずあまりに健全な彼の精神をぐちゃぐちゃにしてやりたかった。そうすれば瞬くその姿に目を奪われることもなくなるだろうと思っていたのだ。けれど、散々汚したはずのそれは未だ輝きを失わず、臨也は目を閉じた瞼の裏すら支配されたままだ。
飲み込んだところで手に入らない。吐き出したところで消えてはくれない。
月に透けて金に光る星。触れれば醒めるものと信じて疑わなかった幻は今なお臨也を苦しめている。

完成しない意味や理由の出来損ないばかり抱えて、また懲りずに池袋へ向かう。どんなやりとりの後も、唇が触れれば静雄は抵抗をしない。
こんなことなら触れるんじゃなかった。知りたくなどなかった。焦がれるだけで済んだならどんなにか楽だっただろう。
願い事を叶えるため現れたそれを、流れる前に引きずり落とした。望みなんてない、ただ、君が欲しかった。