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まさか、自分が選ばれるとは思わなかった。「東条秀明様、貴方はなまえさまの婚約者候補として選ばれました。第五邸に午後一時に和服をお召しになられて来てください。」と連絡され指定された場所はどこかの高級旅亭のような家だった。みたこともない大きさの黒の鉄の門が開かれる。俺のお付きの人も少しびっくりしていた。車は通ることが出来ないからと付きの人は駐車場に案内されて、一人で石畳の上を歩く。これでも第五邸らしく自分は所詮そこのレベルなのかと一人凹んだ。こちらです。と案内され襖が開かれるとそこには淡い青緑の着物を着た女性が縁側に座っていた。その女性が俺を婚約者候補として選んだ当事者だった。

「東条さま、お待ちしておりました」

こちらへ、と座っている横においてあった座布団をぽんとされてそこに座る。正座すると、足を崩してと小さい声で言われた。パタンと襖がしまってから普通の声で堅苦しいのは無しにしましょ。と微笑まれた。当の本人は正座せず石畳に足を投げ出していてピンクの鼻緒の下駄がコロンと横に転がっていた。俺が足を崩すとコレは親には内緒ね、怒られるからと今度はいたずらっ子のように笑った。
よくみると着物の裾には桜の花模様がさりげなくあしらわれていて、綺麗だと思った。

「着物、似合ってます」
「ほんとう?」

これ自分でデザインしたものなの。東条さまは爽やかな印象があったからこの色を選んで…
それは俺に会うために作ったというように聞こえ心の中で舞い上がった。こんな俺のためにそこまでする彼女にまた惚れ直した。
彼女の存在はとあるパーティー知った。(こちらが一方的に知っていただけで彼女は俺が参加していただなんて知らないだろう。)彼女は一人の男の子を従えて会場内をたむろし、突然飽きたとでもいうように会場を飛び出した。そのときのボーイの騒ぎようはとても面白かった。そのお嬢様らしくない姿に惹かれたのだった。
彼女はパーティーが好きではないようだったからあれから会うことはほんの数回しか無かったけれども、相変わらず彼女はパーティーをエスケープしてはボーイを困らせ、お嬢様らしからぬ態度をとっていた。

「第五邸を選んだのも東条さまは和が似合うと思って」
「え?」
「パーティーではスーツ姿しかみなかったので」

絶対着物のほうが似合うと思っていたから、今日は着物姿がみれてよかった。とてもお似合いですよ。
これ以上俺を惚れ直させてどうするつもりだろうか。俺のために着物をデザインし、俺のために和式の第五邸を選び、さらにはパーティーで挨拶もろくに交わしたこともない俺のことを覚えていてくれた。こんな富裕層の中でも下のほうである俺のことを。

「みょうじさま、本当にありがとうございます」
「いえ、そんな」
「僕はもう、貴女とこうして話が出来るだけで幸せでございます。縁談など抜きでこんな綺麗なところで綺麗なみょうじさまと話が出来て」

これ以上の幸福は自分の懐の中には収まりきれなくなりそうだ。今日これだけの幸せで俺にとっては充分であり、婚約者なんてもうどうでもいいと思った。他の候補者にも同じことをしていたとしても、今日のこの時間は俺だけに捧げられた時間で。墓に持って行くくらい大切にしようと思った。

「東条さまのそういう所が気に入ったんです」
「え?」

彼女が俺のほうに向かい正座をする。その瞬間空気が変わったようだった。さっきまでの優しい雰囲気とは違い、何か決意をしたような、きりりとした目で俺を射抜いた。

「東条さま、おりいって話があります」
「…はい」

候補者などと言って申し訳ありませんでした。候補者など無く、貴方以外選んでおりません。この縁談が破談すればわたしは一生独り身でいる覚悟でございます。そんなことは気にせず、東条さまが嫌だと思えば両親関係無く無かったことにしてくださって構いません。勿論、これのせいにより東条さまの将来を不安にさせようなんて微塵も思っておりませんし、そこは親に手回しをさせていただきます。
そしてこの東条さまとの恋仲を求めようとしている今、わたしはとても最低なことを申し上げます。

「わたしには好きな人がいました」

それはパーティーで見かけるたびにそばにいた彼のことだろう。
突然の長く堅い彼女の言葉に色々驚きを隠せないが、最後の一文だけはすんなりと心の中に入ってきて受け止められた。

「叶うことなどない恋でございました」

その彼には、許嫁がいると聞いた。
伏せられたまつげは長く綺麗だと頭の片隅で考えているほど余裕があるのか。彼女はどれだけその事実に苦しみ泣きもがいたことだろうか。

「だから、彼よりも貴方のことが好きになるくらい、彼のことを忘れることができるくらい」

惚れさせてください。
愛してください。
貴方でよかったと思わせてください。

「そうしてくれるなら、わたしは貴方と婚約させていただきます」

身勝手で申し訳ございません。
彼女は悲しくにこりと笑ってから頭を下げた。
泣かせたくないと思った。俺のことを惚れさせてやる自信など全く無いけれども、貴方でよかったと言われるほどいい男でも無いけれども、鬱陶しいと思われるほどには彼女のことを愛することは出来ると思った。彼女に傷はきっと完全に癒えることはないだろうけど、それでも10年後、かわいい子どもの恋でしたと笑えるくらいにはしてあげたいと思ったのだ。

だから俺は深く頭を下げる彼女より以上に深く頭をさげ「こちらもよろしくお願い申し上げます。」と答えたのだった。







同シリーズの降谷のお嬢様と同じ人です
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