人のいない店内に、静かなクラシックが流れている。

 穏やかな昼下がりにはその曲がとても合っていて、営業中だというのに思わずあくびが出てしまった。


「ゲっンさーん!」


静かな空間を破る様に、開かれたドアと共に聞こえるのは元気な少年の声。顔を向ければ、爽やかな水色の髪色をした少年がいる。
 まだ昼だというのに制服を着ている彼はどうやらサボって来たらしい。


「今日も元気だねぇ霧斗君」

「ゲンさんもな」


ニッと明るい笑みを浮かべてカウンター席に座るこの少年はだいぶ前からこの喫茶店に通っている高校生、佐野霧斗。


「また学校をサボって来たのかな?」

「だってつまんねぇし」

「留年しちゃうよ?」

「大丈夫。勉強はバッチリだから」


 あぁ、そう言えば前にテストの成績順位で十位以内に入ったと報告しに来ていたなぁ。


「ゲンさんカフェオレよろしく!」

「はいはい。いつものだね」


普通のものより少しだけ甘くしたカフェオレが、少年のお気に入り。
 甘党だから苦いコーヒーは飲めないらしい。


「あれ?今日はルカリオいねーの?」

「今日は休みだよ」


ルカリオとはここでアルバイトをしている青年のこと。
 いつもツッコミの役割をしており、結構苦労していると思う。

出来上がったカフェオレを出すと、霧斗君は礼を言って一口飲んだ。熱くないのかい?


「ゲンさんってさ、酒強い?」

「うーん…微妙だなぁ。どうして?」

「昨日燈月兄と火影兄が酒飲んでてさ〜…」


 この少年は七割兄弟の愚痴を零す。愚痴とは言っても可愛いもので、聞いていて微笑ましく思える。
それに、彼の兄達とは面識があるので話を聞いているとどうやらかなり弟を可愛がっているらしい。
 その弟はまったく気付いていないが。

聞いている間に自然と笑みが零れ、少年が笑えば心が落ち着く。
本当にこの子は良い子だ。
優しくて、愚痴を言いながらも兄を大切にしている。

 この愛しい笑顔が、自分だけに向けられればいいのに。彼の兄達がそれを許す訳ないけれど。

だから、叶う望みがなくとも密かに願いつつ、私は今日も君に君だけにしか見せない笑顔を浮かべる。


「いつでも話をしにおいで、霧斗君」

「おうっ!」










叶う望みは微塵もない