「どうしたんやその傷!?」


霧斗が帰って来たので玄関で出迎えをした紫苑は、弟の姿に目を見開く。

 学ランはかなり着崩されてヨレヨレになり、切ったのか口からは血が流れた後があり、頬には明らかに殴られたと思われる痣。

どう考えても喧嘩して来た後だろう。
 慌てて駆け寄って来た紫苑に霧斗はただ「転んだ」と短く答えた。

ただ転んだだけでこんな傷が出来る訳がない。どんな転び方をしたらこうなるんだ。


「取りあえず、手当てせなアカン」

「大丈夫だって。放っておけば治るから」

「アカン。兄ちゃんそれは許さへんで」


言って、靴を脱いで自分を通り抜けようとした霧斗を姫抱きする。
驚いた霧斗が暴れるが、温厚質な彼には似合わず力が強く腕もがっしりしていて抜けられない。

 リビングに着き、ソファーに降ろした霧斗に動くなと釘をさして救急箱を取りに行く紫苑。


「(紫苑兄って、意外に力強いんだな…)」


兄の意外な一面を見た霧斗は頬がズキズキ痛むのを感じながらそんな事を思う。

 戻ってきた紫苑は慣れた手付きで弟の傷の手当てをしていく。抵抗すれば消毒液をかけられそうだったので、霧斗はおとなしくしていた。


「誰にやられたんや?」

「いやー、あのー…」

「正直に言わへんと、夕食なしやで?」

「…アイツ等だよ。えーと…いっつもボーリング場にいた奴等」

「…あぁ…」


ボーリング場にいつも集まっていたのは、高校を卒業したからなのか最近調子に乗っている若い不良グループだった。
 確か、いつも集まっていた人数から考えて最低でも八人はいたはず…。
だが、どうして何の関わりもない霧斗が…?


「何でそんな事になったん?」

「いでっ!…帰る途中、コンビニの前で同じクラスの奴がカツアゲされてたからムカついて…」


 口元に当てられた消毒液の痛みに顔を歪ませながらも正直に答える霧斗。

霧斗らしいと言えば霧斗らしい理由に、紫苑は内心で溜め息を吐いた。


「相手は何人やった?」

「最初は三人だったけど仲間呼ばれて十人はいたかな…。あーでも、ちゃんと勝って来たぜ?」

「そーゆー問題やないやろ。危ないから、あまり無茶はせん事。ええか?」

「…へーい」


今家にいるのが自分だけで良かったと紫苑は強く思った。
 ある程度喧嘩の極意は教えてやったので霧斗は弱くはないが、自分達ほど経験が多い訳ではない。
武器を使ってくる奴だっているので心配なのだ。

緑や燈月がいたらきっと半ギレしただろうし、火影がいたら間違いなく全員を殺りに行くだろう。
 彼の場合はあまり武器を使わず拳でやるから恐ろしい。愛用しているグローブに赤黒い染みがついている程だ。


「ほい、終わりやで」

「ん。サンキュウ紫苑兄」

「どう致しまして。緑達にはワイから話しておくから、霧斗は黙ってるんやで?」

「うん。わぁーった」












夜。
今は使われていない廃工場に数十人の青年達が集まっていた。
 並んで立っている青年達の前には、適当にあった箱に座っている紫苑その人の姿が。


「急に呼び出してすまんなぁ」


笑顔を浮かべながら明るい口調で言う紫苑。
だが、彼がまとっている雰囲気はこの場にいる誰よりも黒く殺気立っていた。


「最近ちょーしに乗っとる奴いたやろ?あのボーリング場に陣地取っとる奴等や」


紫苑の言葉に、青年達が無言で頷く。


「そいつ等全員、消せ」


変わらず笑顔だったが、目は確実に笑ってなかった。
その言葉を合図に、青年達は目的を果たすため一斉に動き出した。
 片足を箱の上に置いて足を組み、置いた片肘に頬を乗せる。

火影達にはちゃんと話して、始末は自分がするということで丸く収まった。
 とある不良組の頭である紫苑を知っているのは、あの兄弟内だと末っ子を除いた兄弟全員。


「ワイの可愛い弟に手ェ出したらどうなるか、分からん奴ばっかやなぁ」


まずもって、霧斗が紫苑の弟だって事を知っている奴の方があまりいないと思われるが。


 その日から、今までボーリング場に集まっていた青年達が姿を現す事はなくなった








恐怖の消滅