「ちょっ…火影兄!」


今俺がいるのは火影兄の部屋のベッドの上。
 目の前には覆い被さる兄の顔。

何でこんな事になったのか、混乱している頭ではうまく思い出せない。ただ、いつもと変わりなく休日を過ごしていた気がする。

 今日は確か、紫苑兄も大学で緑兄は仕事で燈月兄は昨日から友達の家に泊まっていていない。
だから、この家にいるのは俺と火影兄の二人だけ。


「嘘だろっ…火影兄ィ…っ」

「嘘でこんな事すると思えんのか?」


そう言って笑う火影兄はいつもと違う気がした。
大体、兄に押し倒されて驚かない弟なんていないはずだ。


「離せよッ」


火影兄が嫌いな訳じゃない。拒絶したい訳じゃない。
 ただ、怖いんだ。
目の前にいるこの人がいつもの兄とは違う様に感じて。

確かに火影兄には謎な所があった(というか家族全員謎だらけだけど)けどまさかこんな事になるなんて。
特に謎なのは夜に家を出る理由とか仕事の内容とか、たまに白いシャツが真っ赤になるくらい返り血を浴びて帰って来る事とか。

 危ない事をしているんだろうとは薄々感じていた。だから火影兄にやめろと言ったけど、ただ大丈夫だから心配するなと優しく頭を撫でられるだけで効果はなかった。

嫌だった。もしも火影兄がいなくなったらと考えるのが。それは紫苑兄でも緑兄でも燈月でも同じ。
 だけど特に嫌だったのは火影兄なんだ。


「ひえっ…んんっ…!?」


名前を呼ぼうとしたけど火影兄に口で口を塞がれてそれは叶わず。
 ぬるりとした感触と共に舌が入って来るのが分かった。抵抗したくても、上手く力が出ない。

ピチャピチャと水音が耳に届いて塞ぎたくなったけど、両手をベッドに縫い付けられていて出来なかった。
 何で、何で、と意味のない問い掛けだけが頭をぐるぐる回る。

本音を言って、本気で拒絶は出来ない。嫌かと聞かれたら曖昧な答えが出る。

好きだったから。
 いつも末っ子だからとチビだのガキだのと俺を馬鹿にしながらも、泣きそうな時には優しく頭を撫でてくれて、何だかんだで困っている時は助けてくれた火影兄が。

でも俺等は男同士だし、しかも血が繋った兄弟で。
 それだけでこの想いは罪なんだと理解するには充分で。
だから今のこの状況に困惑する。

暫くしてやっと口が離れ、酸素を取り込む。


「霧斗…」


名前を呼ぶ声がやけに切なく聞こえて、何故か胸が苦しくなった。
 酸素が足りないせいなのか頭がぼーっとして視界が滲んでいる。
視界が滲んでいるのは、目頭が熱いから。


「ひえっ、にぃ…!」


本当は好きなんだよ。
好きだよ。だけど、伝えるのが怖い。
でも伝えなきゃ、後悔するのは目に見えている。
 言わなきゃ、伝わらない。


「…好きだよっ。好きなんだよっ…」


拒絶の言葉を聞くのが怖くてただ馬鹿みたいに好きを繰り返す。今のが冗談だったら、きっとこれを聞いて軽蔑するだろう。
 顔を見なくてもいい様に上半身を起こして自由になった手でしがみついて肩に顔を埋める。

涙がボロボロ出て来ていたけど、それに構う余裕なんかなかった。


「…霧斗」

「…ふっ…っく…」

「お前は、その言葉を後悔しねぇな?」


低い声で告げられたそれに何度も頷く。


「霧斗、好きだ」


優しく囁く様に言って、火影兄は宥める様に頭を撫でてくれた。


「俺がお前の傍にいる。だから、何も怖がるな」


たとえ、これが罪だと理解していようとも。


「霧斗、愛してる」

「うんっ」




罪だと理解していようとも、いつか罰が下ろうとも

 もう後戻りはしない






罪を理解するには充分で