これはまだ、霧斗が小学六年の時の話。





「はぁっ…はっ…」


のどがヒリヒリ痛んで口の中が渇く。休む事なく動かしている足が悲鳴を上げている様な気がした。
 一体どれだけの時間を走っているのだろう。数十分の様な気もするし数時間にも思える。

帰り道、知らない男達に囲まれ訳もなく殴られそうになって逆に殴ってやって逃げて。

ついでにランドセル投げてきちゃった…。


「っは…何だよアイツらっ…!?」


火影兄と紫苑兄がどーたらこーたら言っていた気がするけど、聞いてなかった。
 アイツら多分、こーこーせーだな。でっかいし。
ていうか、人数が有り得ねぇ。囲まれた時は十人くらいだったけど、追いかけられているうちにそれ以上いることが分かった。
何であんなにいっぱいいるんだよー!?

ヤバい。いくらなんでもこれじゃあ勝敗は目に見えている。
 うぅ…くやしいことに俺まだ小学生だし、力で敵いそうにない……。

ケンカのやり方ならブソンの見たり火影兄から少しだけ聞いたことあるけど…。


「…はぁっ…どーしよ…」


そろそろ体力がやばい。
 あ!そういえば、紫苑兄たちが何かあったら必ず電話しろって言ってた。

今時は小学生もケータイをもっているんだよな。
 転びそうになるのをちゅーいしながら、ポケットからケータイを出して適当な人の電話番号をぷっしゅ。

だって落ち着いてかくにんしているヨユーがないから。

…泣きたい。すごく泣きたい。ぐすっ。








その頃、火影は後輩や同級生達と雀荘にいた。


「ロン」

「あちゃー。火影先輩、コレで三連勝じゃないかぃ?」

「俺まだポンとチーしか…」

「まだまだ弱いなぁ焔〜!」


溜め息を吐く是鴛に、自信を無くす焔を笑う雷軌。
 ていうか、お前はイカサマするだろーが金髪。


「もう一回やろーぜ!」

「そうだねぃ」


またやり直そうとする是鴛達に溜め息を吐いた時、ポケットに入れていた携帯から振動が伝わってきた。
 雷軌にからかわれているらしい焔の騒ぎ声を無視して携帯を開けばディスプレイには弟の名前。

何かあったのか?
 思いながら通話ボタンを押し、耳に当てる。


「…霧斗か」

『火影兄っ?』


いや、お前が俺にかけて来たんだから俺しか出ねぇだろ。


『…っあのさ!自分よりでっかいやつらに囲まれたらどーするんだっけ!?』

「は?」

『いーからはやく!』

「膝か目玉狙え」


俺の言葉に雷軌達が反応してこちらに顔を向ける。
 まぁ、電話でンな事言ったら不思議に思うのは当たり前だが。


『じゃあいっぱいいる時は!?』

「大将狙え」

『その大将がわかんない時は!?』

「ちょっと待て霧斗。お前、今何処にいる?」

『えと…わかんねー!』

「わかんねーって…。お前、何があった?」

『わっかんねー!』


わかんねーしか答えない弟に内心で溜め息が漏れる。だが焦っているのは確かで、何かがあったのだけは確信できた。

 よく聞いてみれば息が荒くなっている。走ってる?


「霧斗、簡単でいいから何があったか教えろ」

『っ…なんか、こーこーせーっぽいやつらに囲まれて、逃げてる!…あと、いっぱいいる!』

「何人くらいだ?」

『んと…30くらいはいた!』

「あぁ!?」


30だと?俺なら余裕だが、まだ小学生でガキんちょなアイツには相手なんか出来る訳がない。


「近くにある物何でもいいから言え!」

『近くにー……パルスっていうお店ある!』

『おいいたぞ!!』

『やべっ!ごめんひえーにぃ切る!!』


ブチッと乱暴な音と共に通話が中断される。
 パルスか…。ここから走れば数分で行けるな。

携帯をポケットに戻して立ち上がり、バッグを手に取る。


「何があった火影?」

「弟が雑魚共に追われてる」

「マジかよ先輩!?」

「大丈夫なのか!?」

「あぁ。だから帰る」

「お前一人で平気か?」

「たかが30人。余裕だ。じゃあな」


 言うが早いか、俺は雀荘から飛び出した。

まさかこんな事になるなんてな。
何も気付かず、呑気に麻雀をやっていた数分前の自分を殴りたい気分になりながらも、俺は地面を強く蹴った。





心臓が止まりそうです