「まあ、いいわねえ、お誕生日が祝日だなんて」

誕生日が休みで良かったと思ったことなんて一度もない。

文化の日だかなんだか知らないが学生として最悪な日に生まれてしまった。人間の群れる交差点を蟻のように縫って急ぐサラリーマンにでもくれてやればよかったのだ。そのサラリーマンも学生だったことを思えば、結局はこの日をありがたいと思うには私の歳が足りないというだけの事なのだろうか。それとも、他に動くものがないこの家で一人、不貞腐れる私が変わっているのかもしれない。


誕生日が祝日じゃあ、誰も祝ってくれないのだ。


携帯電話を持たない私には、お祝いのメールも来ない。固定電話のけたたましい呼び出し音を一日中そわそわと待つのはとうに疲れてしまい、逆切れだとわかっておりつついっそその日はプラグを抜く。自分のしていることが空しいのは昔も今もなんら変わりなかった。もっとも、そのさらにうんと昔には、カレンダーの一マスには花丸が咲いていた筈だったのだ。




「かーぐらちゃーん」

眠気と意識がきれいに入れ替わった。いつの間に眠っていたのだろう。壁に目を這わせると三本の時計の針全てが丁度ぴたりと合わさる瞬間で、玄関から再度己を呼ぶ声がするまで長い腹の虫の音を聞いていた。

「……新八?」

ドアノブを軽く回すと、点灯していない部屋に慣れきっていた瞳孔が慌ててすぼんでいるだろうことがわかった。そう言えば今日は「晴れの特異日」と言われているのだと少し前に沖田から聞いた。肌の弱い私だと知ってわざわざにそんな皮肉な事実を明かしに来るやつはどうかしている。つまり十一月三日は私の誕生日として最悪も良いところな日取りと言えるのである。

「なにアルか……」
「誕生日おめでとう!!」

破裂音。色テープ。紙吹雪。

「あ、やべ、不発」
「えっちょっと!マジすか!」

未だに目の前がちかちかとしてよく見えない。瞬きをしても太陽が眩しい。

「……せんせ、新八?」

目の前のできごとを上手く呑み下すことが出来ないまま、押し込まれるように部屋に戻った。その間担任には女子高生がチェーンはおろか鍵もかけてねぇのかと一頻り説教を受けた。まあ事が起こるなんてまずねーなと付け加えた語尾を聞かぬ間に鳩尾に一発落とし込んでやった。

「うっ……てめ……、ケーキがどうなっても知らねーからな!誰が困るんだ?俺が困る!」
「ケーキ?」

確かに彼の手には白くて四角い、胸の高鳴るような箱がぶら下がっていた。こんなことは自分に有り得るのだろうか。受け入れたその途端、目が覚めてしまうのではないだろうか。

「…教師がこんなことしていいアルか」
「はあー?むしろお前がそんなこと言っていいんですか?」

先生は自分の顔の横まで箱を持ち上げてゆらゆら揺すってみせた。私の欲はすべて食べ物に向いていると思っているらしい。可笑しい。振り返ると新八も大袈裟に肩を竦めた。
二人を見比べて、少し俯いて、また顔を上げて、今日やっと笑えた。

私がいくら慈しみ、大切で、離したくなくても、あたたかな彼らは先生と、クラスメイトだ。私だけのわがままで両親や兄貴にすり替えては、きっといけないのだろう。しかし今もし誰かに問い正しを受ければ、私ははっきり首を横に振ることができないだろうということも、また知っているのである。ありがとう。ありがとう。これからも。



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