「ジミーは、だれかを大嫌いになったことあるアルか」

太陽は冬になるとやさしい顔で北風に凍える眼下に甘くなる気がする。伸びた日脚は教室の中ごろに並ぶ椅子まで届き、母親が子をいとしむようにあたためる。放課後を半時間前に迎えた学校はまだ騒がしく、校舎のどこにいても流れてくる野球部の掛け声はとうとう三年間嫌いになれなかった。それはこの普遍に守られた日々に慣れるには十分で、別れを告げるには足りなさすぎる時間だとおとなになりたくない山崎は思う。目を閉じればすぐそこにも人の呼吸を知ることができるこの教室にまだちっぽけな身をおいていたかった。

「…チャイナさんとそんな話したくないなあ」
「私だってしたいわけないアル」
「じゃあなんでさ」

自分に薄い左肩を見せて椅子に座るのを山崎が最後に見たとき、神楽は小さな正方形の板に沈むような姿勢の悪い少女ではなかったはずだ。ひとをきらう癖のある者が悪態を投げ共鳴を求めてくるさまは、所詮糞を放る猿とそう変わらない。彼女にそれはないと根拠などなくても信じられるから、山崎は神楽が心地好い。

「あるのかな、わかんない」
「サドなんかに腹立たないの」
「沖田さんはどこを歩いてもああだよ」
「マヨネーズ野郎は?」

神楽の紅毛碧眼をその色がぐるり脳を一周するくらい見つめたのは果て、はじめてか久しぶりだったか曖昧で、胃の中を引っ掻き回されたような心持ちに山崎は急に帰りたくなった。
彼が胃酸をどうにか押し戻そうとするような顔でどこかを見つめているのにちらと目をくれて、「お腹減った」と神楽が呟いた。

「パンあるよ」
「またあんぱんアルか」
「ごめんね」
「ちがうヨ、お前のからだのことを言ってるアル」

二秒もらって山崎は「ああ、俺なら大丈夫だよ」と表情を解いた。ふうんと言って自分のつま先に視線を落とした神楽の興味はもう離れてしまったのだとしても彼はうれしかった。

「部活出ないアルか」
「…うん、出れない」
「なんで?」

机の脇に立てかけてあった、変な形にひしゃげた黒いラケットケースを引き上げ、中身の有り様を神楽に見せた。ぐんにゃりと曲げられたフレーム。見つめる神楽の表情はなにひとつ変わらない。むしろ、少女の瞳も似たようにひしゃげて不機嫌にさえ見えた。

五時。チャイムの音がおもむろに染みわたる。この教室のスピーカーは夕刻を知らせなかったが、きっとスイッチが切れているんだろう。遠くの方で今日が終わってしまうことを昨日と音ひとつ違わない同じ節でうたっている。鼓膜が最後の音をどうしても忘れてくれそうになくて、頭の中に鍵盤を広げて未だ余韻を引くその音を探した。

「悪かったってサ、言ってた」

夕陽がさっきより少しだけ伸びた神楽の背中を濡らしていた。彼女の声はきれいで、いまの山崎の耳によく通った。きっともう、よかったのだ。学生服のズボンのポケットをまさぐって生温い携帯電話を握りしめた。バイブレータを、すっぽかすまい。

「ねえ、マヨ達のために、美味しいところは取らないでおくアル」

うんと答え、ちょっとだけ笑った。さっきまで探していたのはなんだっけ。

「ありがとう」
「はぁ?何言ってるネ、私なんにもしてないアル」
「へへ」
「なにヨ、きもちわるいアル笑ってんじゃねーヨ!」

そうだ、たしかに言葉なんてなかったさ。だから君からは十分すぎるとびきりの顔をもらおう。

「ねえチャイナさん」
「…何」
「きっとね、もう怒ってなんかないよ、だれも君のこと大嫌いになったりしない」

まばたきの要る世界から掬い上げられたように神楽の上下の睫毛が仲たがいをする。けれど目の渇きを我慢し続けることができる人間はどこにもいない。もうすぐだろう、それもこれもまるで嘘だったみたいにぴったり合わさるに違いない。なにせ彼女と連むのは、お菓子をみんなで分けるとどうしてお腹いっぱいになるのか、それを馬鹿みたいに真面目な顔で考えることに似ている気がするのだ。
明日はちょっぴり早起きして確かめようじゃないか。







崎誕
それぞれのコミュニティで何かあったジミーとグラさん



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