じんわり、とける
『しーらいし君っ!あんな、さっき調理実習でな、クッキー焼いたねん。良かったら食べて?』
「おおきに、坂下さん。ありがたく食べさせてもらうわ」
とある日の昼下がり。
謙也と昼メシを食べていた所、1人の女の子がやってきた。
隣のクラスの坂下さんや。
上目遣いでポンッと可愛くラッピングされたクッキーを渡されて、俺は苦笑いをしながら受け取る。
…あぁ、そういえばさっきの時間、何や良い匂いがしてたなぁ。
調理実習だったんか。こりゃこの後も何人かの女の子からお菓子を貰う事になるやろなぁ。
そんな事を思いながらにっこりと笑顔を向けると、坂下さんは頬を赤らめながら嬉しそうに笑って去って行った。
なんちゅーか…いや、悪い子ではないねん。
前から色々よくしてくれたり気を遣ってくれたりしてるんやけど、なぁ。
廊下に戻った坂下さんがキャーキャー言いながら、付き添いで外で待っていた友達と黄色い声を上げながら騒いでいるのを見ると、先ほどと同じく再び苦笑いがこみ上げて来た。
『ほんまむっちゃカッコええわー、ほんま神やで!』
アホ。こんな「エクスタシー」が口癖の神が何処におんねん。
廊下からしきりに聞こえてくる会話に耐えられなくて「はぁ、」と1つ溜息をつくと、隣で見ていた謙也がこれまた苦笑いしながら言ってきた。
「今の坂下さん、やろ?毎回マメやなぁ。ぶっちゃけ白石、ああいうミーハーな子、苦手やろ?」
「まぁな。ええ子やとは思うんやけど」
せやけど、せっかく好意で作ってくれたクッキーを無下にする事は出来ひん。
ちゅー訳でありがたく袋を開けて出来立てのクッキーを口に含む。ん、美味い…。
カッコええ、優しい言うでくれるのは嬉しいけどな。
坂下さんに限らず、俺の外見だけ見て色目を使ってくる子が多すぎやねん。
別に大層な人間ちゃう。なのに“神”とか神格化されると…寂しいやん、そんなの。
俺だって同じ人間なんやで?
「はぁ…なんや…むなしいなぁ」
そんな独り言は昼休み特有のざわめきの中に、人知れず消えていった。
「おーし。ほなレギュラー陣は10分休憩や。しっかり水分補給しといてな」
夏の兆しが如実に見えてきて、段々と暑い日が増えてきている今日この頃。せやから俺は少し短めな休憩を多めに取る事にした。
とりあえず2口ほどスポーツドリンクを飲んでから、一旦顔を洗おうと水道場の所へと向かった時、足を止めた。そこには先客が二人いたからや。
『今日も白石くん、ほんまカッコ良かったわぁ〜』
校舎の角を曲がろうとした先に坂下さんとその友達の姿が見えた為、俺は咄嗟に身を隠した。
…また坂下さんか、まいったな。
あんまり顔を会わせたくないし、他のルートでいくか。そう決めて回れ右をしてその場を去ろうとした時やった。
「確かにあの人は安定してるわな。ちゅうか結、去年同じクラスやった時最初の方、そんなに騒いでへんかったやん?何で急に目覚めたん?」
『やってウチ最初白石くんの事、ただのカッコ良くて要領良いだけの人やと思ってて興味なかったんや』
「はぁ?」
思いもよらない言葉に思わず足を止める。
……なんやて?ただのカッコ良くて要領良いだけの人…て?興味なかったって?
『やけどな、去年の冬に偶然見てしもたんや。もう周りが暗くなってむっちゃ寒くなってきてるのに、練習後に一人で黙々と自主練してる所。それ見てな、あぁ、白石くんは何でも出来るんじゃなくて、努力の天才だったんや、って思う様になってん』
トクン、と胸の奥に衝撃が走った。
やってそんな風に思われてるだなんて、ほんまに一ミリも思ってなかったから。
『勉強やってそうや。ノートちら見したら予習ばっちりやってて、ビビったんや。あんな遅くまで自主練した後、こんな予習までやる時間あるんかいっ!って。白石くんの凄さって、ただ出来るんやなくて、努力した結果なんやって。そしたら何か、ウチも頑張ればきっと出来るって思う様になってな』
「そっか、だからか。結、急に成績むっちゃ上がったもんな」
『はは、ただ憧れるだけやなくて、ウチも努力して、白石くんと肩を並べたい……なんて無謀な事を思ってしもたんよ』
そう言って坂下さんは照れ臭そうに笑う。
そのド直球の言葉は、ストレートに俺の胸へと直撃して、じんわり、溶けていった。
俺はアホや。
外見しか見てへんかったのは、俺の方やったんや。
坂下さんをそう決めつけて、勝手に敬遠していた俺は、何て浅いんやろうか。
そんな後悔と共に芽生えた、甘酸っぱい感情。
それは、君への……
じんわり、とける
「白石!こんな所におった!どうしたんや、もう10分経ってしもたで!」
「……なぁ、謙也。1つ、叫ばせてくれへん?」
「?別にええけど?」
「えっっくすたしぃぃぃ!!!」
「ぎゃぁ!な、何なんや一体!!」
君が俺を見てくれている分、俺も君を見ると約束しよう。
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