戸惑い ― 1
「ただいまー」
『あ、蔵兄おかえり。遅かったね?』
「おん。杏樹を家まで送ってったから」
『そ……か。音撫さんは?もう大丈夫かな?』
「気持ちの方は大丈夫言うてるけどな。杏樹は弱味を見せないから、無理しないように俺がしっかり見てやらなアカンわ」
『大丈夫だよ。蔵兄なら絶対、音撫さんの支えになってあげれるから』
「おん。……なあ、くるみ」
『ん?』
「おおきに」
そうふわりと微笑ってポン、と頭を撫でてきた蔵兄を見ながら、私はぎこちなく笑い返す事しか出来なかったんだ。
第13話 戸惑い
「杏樹」
「蔵ノ助」
『………………。。』
翌日から、私のクラスに蔵兄がよくやって来る様になった。もちろん、用の相手は私でもなく財前くんでもなく音撫さんだ。
目の端っこで昨日、音撫さんを虐めていたクラスの子達が気まずそうに蔵兄を見てるのが見えたけど、蔵兄は一瞥しただけで、直ぐにその瞳は音撫さんへと吸い込まれて行った。
「はぁ、なんやあの二人。やっぱ元サヤに戻ったんやな」
ため息混じりに呟いたのは、財前くん。その独り言を聞いて私は一瞬ハッとする。そういえば財前くん、音撫さんの事、好きだったんだっけ?
『……財前くん、ごめんね』
ついつい漏れてしまった謝罪の言葉に慌てて手で口を塞ぐも、もう時は既に遅くて。
少し驚いた様な、面倒臭そうな顔した財前君が半眼でこちらの方を見てきた。うわぁ、“何でお前が知ってるん?”て顔してる。
尚も半眼でこちらを見ている財前くんは、適当に頬杖をつきながら「別に、あの二人がお互いに好き同士やったら俺の出る幕はないし」と呟いた。
自然に私と財前君の視線は蔵兄と音撫さんの方へと向ける。(と言っても、クラス全員があの二人に注目していたけど)
音撫さん、嬉しそうだな。昨日よりずっとキラキラした顔してる。蔵兄も優しさ全開って感じで“めっちゃ愛してます!”って感じだし。
うん。これで……良かったんだよ、ね?
チクリと刺さる胸の痛みに極力気付かない振りをして、私は自分自身で納得してみる。
けど、意外な事に財前くんの反応は違っていた。
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