忘れてないよ ―1


「市原さん。隣、座って良い?」

音撫さんの言葉に俄にざわつく教室内。
とは言っても一番ビックリしているのは私なんだけれど。


『えっ?う、うん!どーぞどーぞ!ね、心?』

「もちろん」

次の授業は移動教室で特に席が決まってない為、いつもどおりに私は心と隣の席に座って雑談していた。
するとそこに例の転校生、音撫さんが隣にやってきたのだ。
女子の私ですらうっとりする様な笑顔で隣の席に腰を下ろす音撫さんを見ながら、私はチクチクと胸の痛みを感じていたんだ。


第10話 忘れてないよ


あぅぅ、何だかドキドキする。
ていうか何で私が緊張してるの!
緊張するなら転校してきたばかりの音撫さんの方だって。だから私は堂々としてれば良いんだ。『何でも聞いてね?』とか言ってみたりさ。

「……まぁ、音撫さんは元四天宝寺やから…どちらかと言うと私達の方が新参者なんやけどな」

はい、そこの心サン余計な事言わなーい!(泣)
あぁ。何だか笑顔がひきつってる様な気がする。
心なしかクラスの人達みんな注目してる様にも感じるし…。ガックリと項垂れている所に音撫さんが口を開いた。


「聞いたんだけど、市原さんて…蔵ノ介の…義理の妹さん…なのよね?」

ずきん。
“蔵ノ介”という呼び方を聞くと思い知らされる。
音撫さんは昔、蔵兄にとても近い存在だったんだって事を。

(…で、でもでも。もう別れたっていう話だし。第一、2年も前の話じゃない。気にしないで大丈夫だよ)

そう頭の中で無理やり解釈して、笑顔を作る。

『う、うん。入学する少し前にお父さんが再婚して…それから一緒に暮らしてるんだ』

「そう…なの。それじゃあ他の女の子達が羨ましがる訳ね。ね、蔵ノ介、優しい?」

『うん!凄いすごい優しいの!ちゃんと私の事色々と考えてくれてるって言うか、大事にしてくれてるって言うか……ええと』


何をいってるんだ私。
そんな言葉で牽制したって意味ないのに。
蔵兄の優しさは“私”だからじゃない。“義妹”だからっていうだけなのに。
でも何でだろう。
音撫さんと同等の位置に立ちたいって想いから、わざと大切にされてますアピールをしてしまった。

ホント私、カッコ悪い……。。

「……もしかして市原さん。蔵ノ介の事、好き…なの?」

『…………!!』

ずきんって胸が痛んだ。
だって……何でそんな怪訝そうな顔して見るの?
私の事気にしてるの?
音撫さん、やっぱり…………

『……まさか。私は義妹、だよ?』

やっとの事で声を絞り出すも、掠れてしまって上手く発音出来ない。けれど音撫さんは私の言葉をちゃんと聞き取っていて、少しホッとした様に表情が和らいだ。

「そう…よね。ごめんなさい、やっぱりどうしても気になったものだから」

「音撫さんは白石先輩の事がまだ好きなん?元カノやったんやろ?」

そう切り出したのは心。
それは多分私が一番聞きたいと思っている事を聞いてくれたんだと思う、さりげなく私に目配せをしてきていたから間違いない。
それを受けて音撫さんは少し思案してから、こう答えた。


「…私達はね、嫌いになって別れた訳じゃないの。父の転勤のせいで海外に行く事になって、どうしようもなくて。蔵ノ介にはずっと逢いたかったし、今日も久々に逢えて凄く嬉しかったの」

そう遠くを見ながら呟く音撫さんの顔はとてもキレイでそれは正に“恋する女の子の顔”だった。

「2年間…長かった様に思えるけど実際逢ってみたら蔵ノ介、全然変わってなくて、私の好きだった蔵ノ介のままで。だからさっき話した時、胸がとてもキュウって締め付けられる想いだったの」

『て事は、音撫さん。まさか』

確かめたい。
でも、やっぱり聞きたくない。
そんな両極端の気持ちのせめぎあいなど知らずに、音撫さんはキッパリと言ったんだ。


「……うん。好き。……蔵ノ介の事、大好き」


瞬間、ガラガラと世界が音を立てて崩れ去っていく気がした。

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