愛 - 1
コンコンっ
『はーい、今出ます!』
あれから。
私は蔵ノ介さんに送ってもらってから、ベッドに腰をかけて一息ついていた。
何だか今日は色んな人に迷惑をかけたちゃったな。
財前くんや蔵ノ介さんにも沢山心配かけて…反省してもしきれないよ。
そんな自分がイヤになって、ハァとため息をついた時だった。
不意に、部屋の扉をノックされた。
誰だろう?
蔵ノ介さんかな?
何か忘れ物したのかな??
そんな淡い期待を胸に、ヒョコヒョコと扉の方へと向かって行く。
すると、扉の奥から声が聞こえてきた。
「遠藤。俺だ、手塚だ。中に入っても構わないか?」
なんとその声の主は手塚さんで。
蔵ノ介さんじゃなくても怜や四天宝寺の人かなと予想をしていた私は、目を丸くして驚いてしまった。
…手塚、さん?
途端に、原因不明の嫌な予感に見舞われる。
どうしたんだろう、一体。
さっき。私が怪我をしているのを見た時、手塚さんが何だかこう…凄い険しい顔をし始めて。
…同時に何かを“覚悟”した様な、そんな表情になっていた。
手塚さんが何をどう思っているのか想像も出来ないけど、ただ何となく、胸がざわざわしたんだ。
『は、はい…どうぞ…』
そう答えると共に、ガチャっと開かれる扉。
その奥にいる人物を見て、私は思わず『あっ』と、声を上げてしまった。
『あ!あなたは…っ』
終わりの始まりが今、幕を開けたのだった。
* * * * * * * *
「はぁー、心配や」
「部長。さっきから独り言ばっか言って。やめてくれません?ホンマきしょいねんけど」
夕飯の支度をしている最中。
奏の事が気になって気になって仕方なくて、ついつい口に出して呟くと、隣におった財前が相変わらずの冷たい目で俺を見てきよった。
「ははっ、堪忍な。あの子の事が気になってもうて、つい口に出てしもた」
今、思っている事を素直に告げると、財前は驚いたような呆れ返ったような顔をして「なんや、ベタぼれやん」と一言、呟いた。
ベタぼれ…か。
そう言われても否定せえへん。
確かに俺は奏にこれでもかって位惚れ込んでいる。今、自分がこんな状況にいるっちゅーのに、俺は考え軽いのやろか?
確かに良く言う“吊り橋効果”っちゅーやつで、困難な状況になればなる程、その時感じた胸のドキドキかなんかを“恋”と錯覚しやすい状態ではある。
…せやけど、違うねん。
こんな危機的状況“だからこそ”、その人の性格が如実に顕れたと思うんや。
自分勝手になったり、相手の事を気遣い出来んくなったり、協力せんかったり、自分だけが被害者面したり…
もちろん、いつ誰がそうなっても可笑しくない状況の中、ギリギリの所で俺らは生活している。
せやけど、奏は違った。
滅多に落ち込んだ顔を見せなくて、気丈に振る舞って心配かけまいとする、周りに気を配って一生懸命、役に立とうと奮闘する。
そんな健気な姿が、堪らなく愛しいんや。
これは錯覚なんかやない。
軽い気持ちなんかでも、ない。
紛れもなく俺は、あの子の事が好きで、好きで仕方ないんや。
「白石〜!サラダの方、出来上がったで〜!」
「お、これで全部完成やな!ほな、これらをタッパーに詰めてと…」
後ろのほうでサラダ担当をしていた謙也から完成の報告を聞くや否や、俺は持ち出し用のタッパーに、ありったけの夕飯を詰め込む。
そんな俺の行動を見て、謙也のやつが首を傾げていたもんやから、部屋にいる奏の為に、届けてやる事と、ついでに俺も一緒に食べてくる事を説明した。
そして言うんや。
俺の気持ちを…奏に、全部。
本当のところ、自信がない訳やない。
今朝、俺と友香里の事を誤解して動揺してくれた所を見ると、そこそこ脈はあるんやないかとも思っている。
ただ、やっぱり不安感はどうしても拭えなくて。
俺らしくもなく、ソワソワしながら炊事場を出ようとした時やった。
後ろから謙也が一言。
「あ、ほなら俺も一緒に…」
「来んな(ギンッ!!)」
「は、はい!」
「……ホンマ謙也さん、空気読めへんのウザイわー」
俺の気迫に完全に石化した謙也を尻目に、急いで奏のいるコテージへと足を運んだのやった。
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