こんな所にいるハズもないのに ― 1
「ゲームセット ウォンバイ四天宝寺 白石 6ー1!!」
わぁっ!と歓声が上がる中、俺はようやく一息をついた。まずは全国大会、初戦通過や。もちろん優勝を目指している俺達にとっては通過点にしかならないんやけど、それでも初戦というプレッシャーを持ちながらも危なげなく勝利出来たんはデカイ。
「ありがとうございました」
相手校と握手をし、ベンチに戻ってレギュラー勢とハイタッチをする。
よし、大丈夫や。全て上手く行っている。
せやけどここからが本番や。
気を引き締めていかんと…………
そう自分に言い聞かせながらスポーツドリンクを口に含んでいると、監督が小首を傾げながら言ってきた。
「せやけどまさか白石が1ゲーム取られるなんてなぁ。そんなにやりにくい相手だったんか?きっとそれ位、相手校からマークされとるんやろな、お前は。ははっ、この次も頑張ってくれな」
「…………!」
そんな何気ない監督の一言にギョッとする。
違う。確かに研究はされとったけど、やりにくい程ではなかった。にも関わらず1ゲームを取られたんは、相手が問題なのではなく、それはきっと……
「俺に、問題があったのかもしれません……」
良い精神状態で試合に挑めた。
気負いもなく、緊張感も失わず、程よいプレッシャーの中試合に挑めたと思ってた…のに。
何処かでキミを探している自分がおったんや。
駆け付けて、応援してくれたら。
それだけで、力が何十倍にも何百倍にもみなぎってくるのに。
思わずギャラリーを見渡すも、当然ながら君の姿は見当たらない。まぁ、当たり前…やけど。
「こんな所にいるハズもないのになぁ」
そう溜め息をついて、俺は天を仰いだ。
case 11:
こんな所にいるハズもないのに
「……おい。本当に良いのかよ、声かけなくて」
『うん。みんな元気そうだってのは分かったから』
未だ歓声の止まない四天宝寺のコートに背を向けて私は隣にいる景吾に笑顔を向けた。
そう。今日から全国大会。
当然の如く、全国大会まで駒を進め四天宝寺はここ東京の会場まで足を運んでいて、私は2週間ぶりに彼らの姿を目の当たりにしていた。
蔵に想いを伝える。
前に景吾の前で言った言葉に偽りはないけれど、それでもやっぱり勇気と時間が必要な訳で。
こんなにも近くにいるのに、声をかけずに私はコートから離れる。
うん。久々に顔見れただけで満足だし。
ストレートで勝ったし。
今日の所はこれで満足。
しかし蔵のテニス姿、カッコ良かったなぁ。
先程の雄姿を思い出しては、へらっと顔を綻ばせていると景吾が「何ニヤニヤしてやがんだ気持ち悪い」と悪態をついた。
うるさいな、もう。景吾に乙女の気持ちなんか分からないんだから。
えいっ、と景吾の脇腹に軽くパンチを入れるも簡単にいなされてしまって「甘いな」とニヒルな笑みを浮かべた。くやしー。
「それにしても、何だ。その格好は」
『へ?』
「日焼け対策なのか変装なのか、どちらかにしろ。目立って仕方ねえだろうが」
そう言って半眼になって私を見下ろす景吾。
そう。何を隠そう私は今、日傘に大きなサングラス、ノースリーブのシャツにアームウォーマーという出で立ちをしているのだ。
日傘対策ならこれでバッチリなんだけど、なかなか目立ってしまい、これでは変装といった面から考えると本末転倒である。
『……目立つかもだけど、これが私だって思わないよね?』
「…………まぁどっかの苦労知らずの金持ちの娘といった所か」
『えへへ、今日はまだ四天宝寺の皆に会うつもりはないからさ。まぁここの会場、結構広いから大丈夫だとは思うけど。万一の時の事を考えた結果なのですよ』
「ドヤ顔すんな胸糞わりぃ」
『あれまっ』
悪態をついている割には表情が優しいという事に気付いているのだろうか、景吾は。
何だかんだ言って、やっぱり景吾は面倒見が良いんだな。
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