そして東京へ ― 1


財前には悪いけど、俺は引かないつもりやった。


「ほな正々堂々、勝負な」

「望む所ですわ」


あんな風に堂々と財前に向かって宣戦布告した癖に、俺は何をやっているんやろうか。

「財前はええ男や。絶対、千郷の事を幸せにしてくれると思うで。俺が保証する」

俺は何がしたいん?
何で弱気になってしもた?

「大垣先輩は、財前くんの事がすきだと思います。だって財前くんが委員会の時によく図書室に遊びに行ってるみたいですし、私聞きました。千郷先輩が、財前くんのこと好きだって言ってるの」


せや。
財前の誕生日の前の日。
例のごとく俺は呼び出されて、後輩の子に告白された。
いつも通り告白されて、いつも通り断りと謝罪の言葉を口にする。

いつも通り…のハズやったのに。
その後、その子の口から出た言葉は、俺に衝撃を与えた。

「白石先輩って…大垣先輩のこと、好き…ですよね」

正直、焦った。
過去に俺と仲が良いという理由1つで、女の子が嫌がらせを受けたりした事があったからや。
万が一にも、千郷にそういう目に遭って欲しくない。
せやけど一生懸命告白してくれた子に対して嘘をつくのも、誠意がない様に思えて気が引けた。
どないな風に答えればええのか迷っていた所を、その子は肯定と取ったらしい。
そして千郷は財前の事が好きだという事と「白石先輩には望みはないと思います」とだけ言ったあと、その子は走ってその場を後にした。

それを聞いて心が折れかけて、それでも気持ちは変わらへんて思った矢先に千郷が嬉々として財前の誕生日祝いをするって言い出したんや。それを聞いて、あの子の言った事が本当やったと確信して。

せやから…千郷が財前の事を好きなら仕方ないから、応援しようと…思ったのに

『なんで蔵がっ、そんな事、言うの?私の気持ちなんて、完全無視じゃない。』

なぁ千郷。
何であの時、あんな風に泣いたんや?

『そんな事、蔵だけには言われたくなかったよ!!』

俺だけには言われたくなかったって…どう言う事やねん。


部屋の窓から、夜空に瞬く星を見ながら1つ溜息をつく。
そして携帯を取り出すと、千郷の番号を探し発信ボタンを押した。

せやけどその電話が千郷へと繋がる事なく、何度目かの留守番電話へと接続していったのやった。


case 10:そして東京へ



『どーもー!久しぶりの突撃★跡部家の晩御飯〜〜♪』

「馬鹿かてめぇ、アポなしで突然なにしてやがる。連絡くらい寄越せねえのか」

『実はですね。夏休みだし急遽こっちに帰ろうかと思って来たのは良いけれど、あまりにも急に決めたものだから慌ててたし携帯を家に忘れてきちゃって』


どうも、千郷です。
えーと突然ですが、私は今、東京の跡部家の玄関にいます。
四天宝寺に転校してくる前にお世話になった大豪邸のおぼっちゃま、跡部景吾。

久しぶりに再会したのに、眉間に皺よせる景吾。
まぁ…気持ちは分からなくもないけど。

『しかも東京のおばあちゃん家にしばらくお世話になろうと思ったら、どうやらおばあちゃん旅行中らしくて家に入れなくて』

「で、俺様の所に来たと?」

『本当にすみません跡部様どうかわたくしめを助けてください!』

ぱんっ!と手を合わせてお願いをする。
確かに連絡もなしに失礼かなと思ったけど、携帯がなければ連絡も出来ないし、景吾なら何とかしてくれるハズだ。
景吾、意外と面倒見いいもんね。

すると予想通り景吾は盛大に溜息をつきつつも「仕方ねぇ、好きなだけウチに滞在しろ」と言って、玄関に通してくれた。

『本当!?わーい!すっごく助かったよ!どうもありがとー!!』

そう言って、ただひたすらに頭を下げる。
うんうん。やっぱり持つべきものは(お金持ちの)友達だよねっ!

実は何で急に東京にやって来たのかというと、しばらく大阪から離れて自分の気持ちを整理しようと思ったからだ。

あの日。蔵に言われた言葉がショックで思わずその場から逃げ出しちゃったけど、考えてみれば蔵はただ後輩の為を想ってやった行動なだけなのだ。

なのに私の独りよがりな想いで、あんな風に怒鳴って行ってしまって。

(蔵に、悪いことしたよね)

だけど完全に片想い決定で、完全に振られる決定の私は少しも余裕がなくて、ここ東京へと逃げてきた。しばらくは大阪の事、蔵の事、光やみんなの事、忘れたい。
しばらく離れて、みんなの事は忘れて、それから整理をつけよう。


「それに、ちょうど良い」

『?』

広間に通される途中、景吾が不敵な笑みを浮かべてこちらの方へと振り返った。
へ?ちょうど良い……て?
頭に「?」マークを浮かべる私を余所に、景吾が大広間への扉に手をかける。

「今日は大会前の壮行会があってな。実は他の連中も今、ここに来ている」

『………へっ?』

私の間抜けな声と同時に大広間の扉が開いた。

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