きっと、気のせい − 1


「謙也、ここにおったんか」

「………白石」

楽しい時間だったハズの空き時間は、白金アキラの登場によって、無惨に砕け散った。
初対面の相手を…しかも好きな子の彼氏を思いっきり殴って、琴音に必死で止められて、挙げ句逃げ出すとか。ほんま俺は何してんのやろ。

ちゅうか、何やねんアイツ。
何であそこまで琴音に冷たく出来るん?
琴音は彼女ちゃうんか?


「…白金アキラて、想像以上のヤツやったな」

「謙也、どないするん?これから」

「どないするんって……」

カシャンと屋上のフェンスに手をかけて想いを巡らせる。

一緒にいられるだけで幸せだなんて大ウソや。
琴音が幸せであれば良いだなんて気持ちはあっさりと霧散してもうた。

放っておけへん。
琴音には笑顔になって欲しい。
もし今、琴音の笑顔が無理して貼り付けられたものだったら、俺がその笑顔をホンモノにしてやりたい。

その為に、俺がせなアカン事は……


四束目
きっと、気のせい



『アキラくん!ねぇ、アキラくんってば!』

さっきまで居たラウンジの喧騒がまるで別世界に感じる様な薄暗くて人がいない研究室。
アキラくんは、そこに入って電気もつけずにドサッと腰を降ろしてから、私を面倒臭そうに見る。
閉じた暗幕の隙間から、うっすらと漏れている一筋の光がアキラ君に注いでいた。


「んだよ、うるせぇな」

いつもならこの瞳に恐怖が走って、そのまま何も言えなくなる私だけど、今回はそうは行かない。
いくらアキラくんでも、あんな優しい人達を傷付けるのは見てられない。というか、許せないよ。

『なんだよ、じゃないでしょ。どうして謙也さん達にあんな態度をとったの?せっかく仲良くなれるチャンスだったじゃない』

「は?俺むしろ殴られた側だろ。ウダウダ言われる筋合いはねえよ」

『それはアキラくんが失礼な態度を……』

ううん。違う。
確かに謙也さん達にも失礼な態度をとっていたけれど、主にアキラくんは私に冷たくしただけだった。まあそれもいつも通りなんだけど。

謙也さんが怒ったのは、そんなアキラ君の私への態度が許せなかったからだ。
私の為に、怒ってくれたんだ。

ふと、脳裏に謙也さんの哀しそうな顔がよぎる。
私の為に怒ってくれた、あんなに優しい人を哀しませてしまった。
そんな罪悪感からか、さっきからチクリと胸が痛くて、取れないよ。

「つかさ、あの金髪のヤロー何マジになってんのかね。別に自分が嫌な事された訳でもねーのにあんなキレて。理解出来ない人種だわマジでウゼぇ」

『……謙也さんは、、自分の痛みよりも…人の痛みの方が痛く感じる…。そういう、人だよ』

出逢ってまだ数ヶ月しか経ってないけど、それだけは言えるよ。
謙也さんは陽だまりの様なあったかさを持っていて、人の幸せに喜びを感じる事が出来る人で。
逆に、自分以外の誰かが傷付いた時、自分も同じように心を痛めるような、そんな優しい人なんだ。

「つか、アイツ。あんなにキレるとか、お前に気があんじゃねぇの?」

『は……』

「ははっ、だったら傑作。お前はとっくに俺のモンなのにな」

『んッ!』

急に肩に腕をかけられたかと思うと、強引にアキラくんに引き寄せられて、荒々しく唇を重ねてくる。
それは凄く冷たくて、優しさの欠片もないのに、それでも何処か嬉しいだなんて思ってしまう私はどうしようもなくバカだと思う。

『んっ……ふぅッ、んっ!』

口の割れ目から入ってくる舌に口内を犯される一方、私をキツく抱き寄せていた大きな手は、いつの間にかブラウスのボタンを外して執拗に私の身体を這っていた。

『ちょ、アキラくん、ここっ…学校っ』

「この時間、ここ人来ないし。つか内側から鍵かけてるから誰も入って来れないし。暗幕あるから見られる心配もねぇよ」

『で、でもッ、…ひゃぁっ!』

「琴音のくせにいちいち煩い。こっちトロトロになってるクセに」

そんな台詞を無機質に言いながら、再び唇を重ねる。さっきより長く、深く。
さっきまで、アキラくんに対してあんなに怒っていたのに。プレゼントの件であんなにショックを受けたのに。
まるで“お前は俺のモンだ”と主張する彼に、堪らなく愛しさが込み上げてしまう。そしてまた傷つけられて、赦して、傷つけられて…永遠のループに私はいつから嵌まってしまったのだろう?



「忍足…だっけ、お前はアイツの事どう思ってんの?」

『なっ、謙也さん、は、別にッ!』

「言ったろ、アイツ、琴音に気があんだよ。で、お前はどうすんの?俺と別れてアイツと付き合う?」

『そんな事な……ふぁッ!』

口では責めながらも、アキラくんの指は堪えず私に快感を与える。や、もう…ガマン、出来なくなっちゃう。

『あ、アキラくんッ、も、もうっ』

絶え間なく押し寄せる快感が絶頂へと達する直前だった。

『………………、あれ?』

ピタッと身体を這う指先が止まる。見ると、アキラくんが冷たい瞳で私を見下ろしていて。
ど、どうしたのアキラくん。
何で途中で…………


「じゃ、この続きは忍足とヤってこい」

………………。

………………。



『……………………え?』


な、何か凄い事…言われたような。
訳が分からなくなって、火照った顔のままアキラくんの顔を覗きこむ。
するとアキラくんは、グッと私の髪の毛を掴んで言ったんだ。

「だから。続きは忍足とヤってこいって言ったんだよ。で、アイツが浮かれてる所を棄てて、俺の所に戻ってこい」

その言葉は、さっきまで抱いていた愛しさを跡形もなく破壊して、代わりに失望と疑念が渦巻いた。
だって、何…言ってるの?アキラくん。
私、アキラくんの彼女、でしょ?
普通、自分の彼女に…他の男の人に抱かれてこい、だなんて。

何で、そんな事……

「お前がアイツとヤってくるまで、俺もお前を抱かない。他の女、いくらでもいるし」

『………………っ!!!』

そんな心無い言葉を聞いた瞬間、私の中の何かが弾けた。

パシッ!!

アキラくんの頬に向かって思いっきり振りかぶった掌は、目的を達成する事なく、手首を掴まれてあっけなく止められてしまって。
けど、心の底から沸き上がった感情は止められなかった。

『最……低』

「………………」

『もういい!アキラくんなんて、どうでもいい!私、もう知らないんだから!』

そう叫んで、乱れた服を整えると、無我夢中で研究室を後にした。
傷つけられて、赦して、また傷つけられる。

一体私は、いつになったら、この地獄から解放されるのだろうか?


もう、この苦しみから解放されたい
 
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