【前編】甘い罠に嵌まったボクら―1

丸井ブン太、中3。
夏休みが終わって部活も一段落した頃、オレにちょっとした日課が出来た。

それは――――


「おーっす、幸村くん、ちょっといー?」

「すまない、今日も来てくれたんだね、丸井」

「あ、坂下わりぃ、何か食いもんくれ」

『…………こんの男は毎日毎日ほんとに呆れるわ』


昼休みに、隣のクラスの幸村くんの所へと通うという日課だ。と言っても、その本当の目的は幸村くんじゃないワケで。

『…はい、』

そう言って幸村くんの隣の席に座ってる坂下からため息混じりに手作りのマフィンを渡される。
料理部に所属している坂下 結。

おれの、好きなヤツ。
そして―

(そんな坂下は、幸村くんに恋している)

そう。
これはオレが勝ち目のない、甘い罠に嵌まってしまった話である。


甘い罠に嵌まったボクら


「おー!うめぇ!坂下、これ絶対に今度の文化祭で出した方がいーって!オレが買い占めてやる!」

『え、やめてよ最後の文化祭に速攻で売り物ぜんぶ売り切れとか思い出もへったくれもないじゃん』

「へえ、そんなに坂下のマフィン美味しいのかい?」

『…あ、幸村くん。もし良かったらまだあるから食べて?口に合わないかもだけど』

「ありがとう、坂下。…ほんとだ、すごく美味しいよ」

幸村くんがそう言うと、当の坂下はほんのりと顔を蒸気させて照れながら俯いた。
当然それを見たオレは面白くないワケで。

「なーに照れてんだよ!いつも“あったりまえでしょー”って豪快に笑ってるクセに猫かぶってんじゃねーっつーの!」

『なっ!私、そこまで豪快じゃ』

とんでもない!とでも言う様に顔を赤くしたり青くしたりして抗議する坂下。くっそ、可愛い。

「ウソつけ!幸村くん、コイツ去年同じクラスで席も隣になった事あんだけどよー、すんげーウケることがあって」

『わー!!ばかばか!丸井くんっ!ほんとやだ!嫌いっ!もう絶対お菓子とかあげないから!』

「……………………、、」

「ぶっ、」

坂下から放たれた痛恨の一撃に対して絶句する。
『お菓子あげない』よりも『嫌い』の一言が衝撃だったからだ。
ショックで二の句を告げられずにいたら、幸村くんが堪えきれず吹き出した。

「ふふっ、大丈夫だよ丸井。坂下さんのそんな所が可愛いと思ってるし、全然飽きないから」

『なっ!』

「…あっそ、」

そうだった。猫かぶってんのは坂下だけじゃなかった。
幸村くんも、たいがいだ。

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