「おっ、佳介」
「天宮先輩。おはようございます」

 部室以外で会うなんて変な気分だなと挨拶を受け、何故か共にする昼食。確かにかなり変な感じがする。
 まあ、この部活の人にも部活以外の学生生活があるのは当然で、こうして会うことだってあるだろう。それが今までになかっただけの話で、遅かれ早かれいつかはこのときを迎えていただろう。

「素朴な疑問なんですけど、天宮先輩は何学部なんですか?」
「ははっ、そこからか。俺は心理だけど」
「心理学部なんですか」
「お前は確か社学だよな」
「はい」
「うちの部活で社学っつったら久月のイメージが強いな」
「え、久月先輩社会学部なんですか?」
「知らなかったのか?」

 そりゃ、必要な事以外あまり話さないからして、久月先輩が何学部で、どこに住んでて、どんな生活をしてるかどうかも知らない。知っているのは顔と名前と星に対する興味と、その破滅願望くらいだ。

「と言うか久月先輩って、大学に来てるんですか?」
「そこそこに単位は取ってるから今は週2、3くらいだろ。まあ、どこの学部も1年とそれ以上は受ける授業も違ってくるから会わなくても仕方ないかもしれないけどな」
「そうなんですね」
「つーか今日月曜だろ、来てるはずだけどな」

 ふいに、きょろきょろと見渡してしまった。まさかこんな場所で普通に歩いていないだろうとは思いつつも。それだけ久月先輩と大学の構内という場所に違和感がある。但し、部室を除く。

「あ」

 代わりに目が合ったのは、同じ部活の同期。

「棚橋じゃん。何やって――」
「よう。瀬野だっけ」
「どーも」

 部長がいることで瀬野君の警戒心が強まったみたいだけど、結局有無を言わさず同席させられた彼の表情は硬い。

「部長って、棚橋と仲いいんすか」
「まあ、割といい方だと思うけど」
「俺の場合、この部内に知り合いが少ないっていう事情もあるけどね」
「例の「部室のヌシ」とか?」

 この発言に、さっきまで笑顔だった天宮先輩の表情が変わった。

「瀬野」
「はい?」
「そうやって久月を都市伝説化しないでくれないか。」
「そういうつもりじゃ――」
「お前も、もしこの部が今のままの限り間違いなく久月と同じ道を歩むことになるんだ。ここは、それだけ純粋に星だの宇宙だのに興味のある奴が生きにくい場所だ。その中で、自分の生きる場所を自分で作った奴から目を逸らすな。お前が真っ当に天文部としての活動がしたいならな」

 この部が今のままな限り、真っ当に天文部としての活動をしたい人は陰に追いやられる。
 天宮先輩の神妙な表情がその現状と戦う苦悩を物語っていた。そして、久月先輩のいる道に片足を突っ込んでいる俺は、それを他人事のように捉えることも出来なかった。

「スミマセン」
「部室に来たことがないんじゃしょうがないとは思うけど」
「部長はそんな部活を変えようとは思わないんですか」
「思ってるよ! 俺が部長になる前の…真っ当に天文部やってた頃に戻そうって、いつだって思ってる。でも、1日2日で元に戻るようなら、部室はああなってない」

 真っ当に天文部としての活動をしていた頃のことは俺も知らない。それを語れるくらいに知っているのは、天宮先輩や久月先輩くらいだろう。ただ、話を聞く限りでは今の裏部会の雰囲気が全体に行き渡り、それこそアットホームな空気で天体観測を楽しんでいた、そんな感じだったようだ。そう、真っ当な天文部としての活動。

「部長。どうせ同じ道に行くんなら……部室、見てみたいんですけど」

 遅かれ早かれこの瞬間が来るとは思っていた。俺と天宮先輩がこの嘆願に躊躇する理由はひとつ。久月先輩のこと。

「部長が真っ当に天文部してた頃にこの部活の方向性を戻したいって言うなら、味方は一人でも多い方がいいんじゃないんですか? それに、部長の代でそれが不可能だったとしても、棚橋にその意志があるなら同期の理解者の存在は「天文部サイド」には大きいと思いますけど」
「佳介、どう思う?」
「俺は、特に問題はないと思います。問題は久月先輩ですけど、いざとなれば俺が間に入ります。それに、久月先輩も瀬野君を「人を見る目くらいはある」って言ってましたし」

 いざとなれば俺が間に入る?
 我ながら柄にもないことを言ってしまったと思った。だけど言ってしまったからには引き返すことは出来ない。

「ただ、俺だけの力じゃ限界もあると思います。そのときは、天宮先輩も――」
「わかってるって。心配すんな佳介。まあ、そういうワケだから瀬野、部室見学はもう少し待ってくれないか?」
「わかりました」

 俺もいつかは今の天文部内で妙な名前をつけられて都市伝説化されてしまうのだろうか。それならばいっそ関係を断絶した方が確かに楽かもしれないと思った。
 瀬野君が真っ当に天文部としての活動をやりたいと言うのはいいことだと思うし、俺にそれを止める権利はない。だけど、彼は部室にずっといるべき人じゃないとも思う。彼の放つ光がそう俺に伝えている。
 今はまだわからないけれど、瀬野雨音と云うひとりの人間の強い意志に溢れた目は、深い色をして誰の意思が混ざりこんでくることも拒否しているように思える。彼ならばきっと、天宮先輩と久月先輩の描く夢を具現化出来るんじゃないかって。

「そういや瀬野、お前何学部だっけ」
「文学部ですけど、何か」
「興味があっただけだ。今の答えでお前がいつも部活中に本読んでるのもしっくり来た」
「別に、文学部じゃなくたって読書好きぐらいどこにでもいるでしょう」
「あれは読書に見せかけた自己防衛だ。周囲の視線に気付かない振りをして、独りの空間を意図的に作り出そうとしている。違うか?」

 表部会の教壇から見た部会の全景から、天宮先輩はその場にいる全員の表情や仕草でいろいろなことを感じ取っているのだろう。それは、辛い立場でもあるだろうと。俺だったら耐えられない。

「まあ、どっちでもいいんだけど」

 降参です。
 そう瀬野君が呟く頃には、天宮先輩への警戒心はなくなっていたのか、表情が少し穏やかになっていた。


(11/11/22)
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