聞こえるのは、雨の音。隣には、同じ字を書く部活の同期。

「あー、やっぱ雨降ってる」
「瀬野君て、雨男なんだっけ」
「ホントやんなるな」

 今日は天文部の表部会の方に参加している。というのも、この日に観測会があるという予定が立っていたからだ。観測部長の久月先輩は相変わらず部室に籠っているけれど、必要な道具は揃えてあると言っていたから、それを取りに行ったりする係に任命された。

「部長ぉー、雨降ってるし観測会中止だよねー?」
「あ、まあ…雨が降ってるなら仕方ないな。このどしゃ降りじゃ晴れそうにないし」
「やった、よし帰ろー」
「おいおいちょっと待て、話し合うことはまだあるんだから勝手に帰るな!」

 相変わらず部長は苦労してるな、と瀬野君が苦笑い。そうだねと返せば、俺が帰ったら晴れるとかないよな?と真剣な顔をして彼が聞くものだから思わず笑ってしまった。さすがにこのどしゃ降りが瀬野君ひとりの力でどうにかなるんならそれはもの凄い影響力だと思う。

「えー、まだナニあんのー?」
「いろいろあるだろ、観測会の予備日の設定とか新歓の詳細についてとか。あと部活の予算審議についてのこととか、話すことはいろいろある」

 2年生と思しき人たちからのブーイングの中、改めて天宮先輩が部会を取り仕切る。天宮先輩の話を聞いているのは主に1年生。良くも悪くもこの部活の雰囲気に馴染めていないから、2年生とは違ってまだ「部長」がヒエラルキーの頂点にいる。

「高橋、新歓はどうなった?」
「一応お店とか探してますけどぉー、出欠わかんない人とかいるんでー、どうなるかわかりませーん」
「そうか。出欠保留にしてる人は早めに確定させるように。はい次、観測会は――」
「これから梅雨だし無理でしょー?」

 そう言えばこないだ天宮先輩経由で新入生勧誘コンパの出欠案内が回ってきていたような気がする。まだ返事をしていなかったなと思いつつ、携帯を開く。出欠をどうするかは今の所まだ半々で、特に悩んではいないけど、どっちつかずのまま宙ぶらりんにしていたんだ。

「棚橋、お前新歓どうした? 1年の歓迎っていう体だから行くべきだと思って俺出席にしたけど」
「あー、まだ返事してない。行くべきかな」
「とりあえず今後のことは措いといて、新歓くらいは出とけば?」
「じゃあ、そうしようかな。瀬野君がいるなら安心だし」

 というその言葉に偽りはなかった。

 事実、俺がこの表部会に出ているときは専ら彼と行動を共にしていて、その他の人とは話したことすらないという事実。部室の方を拠点にしていることの唯一の弊害がこれだ。
 俺が裏部会に出ていることを知っているのを――いや、この表部会の裏で部室での「活動」があることを知っているのは他ならぬ天宮先輩と瀬野君だけだ。
 彼がその裏部会のことを他の同期たちに言い回ったり、事を大きくしなかったこと、それだけでもまずありがたかった。注目されるのは不慣れだ。俺は日陰者でいい。

「お前がこっちに来るのって月1くらい?」
「このままいくとそうなりそう」
「そっか」

 彼は彼で大変な立場にあるということを俺は全く知らなかったけれど、この「そっか」という一言に込められた重み。それがただの「そっか」じゃないことはうっすらと感じた。

「瀬野君て、俺がいないときはこっちでどうしてるの?」
「読書しながら部長の話聞いてる。それだけ」
「そうなんだ。ここでの友達とかは」
「特にそういう存在はない。作ろうとも思わない。あ、お前は別。作ったと言うより、なってたって感じだから」

 まだ数えるくらいしか会ったことがないにも関わらず、既に彼の中では俺は友達として認識されているらしい。まあ、俺の方も彼なら友達になれそうかなと、それを共通認識にしても問題はないと判断した。そういう意味では、大学に入って出来た初めての友達だ。

「この空間じゃ、一人無言でいることすら異端なんだよ。何かしら耳を覆いたくなるような話をしてないといけない。そう言った意味じゃ俺は十分はみ出し者だ。だけど、俺とお前が2人揃えばこの小汚い空間の中で埋没することが出来る。それが俺の望みであり、お前の望みでもある。違うか?」
「少し違うと思うよ」
「って言うのは?」
「瀬野君はひとりでも埋没することのない存在感を放ってる。俺はひとりでも、誰といても埋没してる。だから埋没は俺の望みじゃなくて、常だよ」

 瀬野君という星の光すらも、傍から見て無にしてしまうブラックホール、それが俺。簡単に例えるなら、だけど。まあ、常ではあるけれど、埋没していたいという希望もあるから彼の言うことは強ち間違ってはいないのだけれども。

 震える携帯を見れば、久月先輩からのメール。内容は観測会のこと。「中止だよね?」と確認するそのメールに対し、そうですと一言だけ。すると間髪置かず「待ってる」とだけ返ってくる。
 きっと今頃、久月先輩はいつも通りあの部屋で天文雑誌を読み耽っているのだろう。それが彼女の常ではあるけれど、希望かどうかはわからない。それがわかるのは天宮先輩と久月先輩本人くらいだろう。

「なあ棚橋」
「なに?」
「「人は死んだら星になる」っつーけど、その死後の世界はこっちで見るほど綺麗なのかな」
「どうだろうね。俺、星じゃないからわかんない」

 いつかそのときがきても、俺の放つ光がこの惑星に届くことはないだろう。あるかないかわからないような、名前すらなくただひっそりと真っ暗な場所で漂う生命体、それでいい。世俗的なことには興味がないんだ、あまり。


(11/04/07)
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