煌々と明かりの灯る部室棟。位置的にそれは天文部の部室からの明かり。

「おっ、佳介。お疲れ」
「あっちの部会はどうだった?」

 部室に入ると、前に見たように天宮先輩と久月先輩が向き合って座っていて、多分また天宮先輩が久月先輩に今日の部活のことを愚痴っていたのだろうと推測するのは簡単だった。

「そうですね……」
「正直に言っていいぞ」
「正直に言えば、ちょっと疲れました」
「そうだろ」
「でも、収穫もありました。同期とも知り合えましたし」
「ああ、隣にいたアイツか」

 これに久月先輩が疑問符を浮かべれば、それを察してすかさず解説を入れる天宮先輩。この連携にはただただ感心するばかりだ。

「へえ、星に興味のある1年生が」
「何つったっけか、せ…瀬……」
「瀬野君です」
「そうだ、雨男の瀬野雨音」
「何か、名前からして雨男なのも納得。で、その雨男の瀬野クンとやらが純粋に星に興味のある1年生なんだ?」
「はい。何でも、流星群を見て感動したとかって」
「じゃあ、多分貴弥タイプ」

 「星に興味のある1年生」には久月先輩も少し興味を持ったらしく、何だか今日はいつもよりも饒舌なような気がする。その瀬野君も久月先輩に興味を持ってたっていうのは言うべきか、言わざるべきか。いや、あれは七不思議か都市伝説みたいな扱いだったから言わない方がいいだろう。

「星への興味っていう点で考えれば、十分お前より天文部向きではあるよな。なあ佳介」
「その点に関しては否定出来ないですね」
「――って、せっかく久月に叩き込まれてるんだから否定しとこうぜ!」
「でも、瀬野君は真っ当に天文部としての活動をしたいみたいなことを言ってたんで、ずっとあそこにいるとこの部活を見限りそうで怖いです」

 ただ、この部屋は久月先輩が築き上げた安息の地だということは十分に理解している。実際にあの雰囲気を味わってわかったんだ。俺だってあんなところで居場所もなくずっといたら逃げ出したくもなるし、別の場所でひっそりと、というのもわかる。

「瀬野君は俺がこっちで久月先輩から星講釈を受けてるってことを羨ましがってましたし、本当に天文部としての活動がやりたいんだって」
「……。」
「でも、瀬野君は向こうをメインフィールドにしていくって。そんなニュアンスのことを言ってました」

 あ、今のは安堵の溜め息?

「そしたら今まで通り久月は佳介を、俺は瀬野を育ててくか。天文部復興2ヵ年計画だ」
「貴弥、ひょっとして今年と来年は棄てた?」
「帰って来れる場所を作る、それくらいの意気だな」

 それこそお前がいつも言ってる「居場所」っつーヤツだろ、と天宮先輩は笑う。

「まあ、今の部活がぐだぐだなのも俺の未熟さが原因だからな」
「でも、瀬野君は「今の部長もデキる人だと思う」って言ってました」
「1年のクセに生意気だな」
「その子、人を見る目くらいはあるんじゃない?」

 本当に星に興味のある人がここにいられないというのも少しかわいそうな気もするけど、きっと彼はクールそうに見えて人当たりもよさそうだから、向こうでもやっていけるだろう。俺にはとてもじゃないけど誰にでも愛想良く、なんていうのは無理だ。
 誰に対しても適当に笑顔を振りまいて、適当に相槌を打って。そうやって、気が付けば俺は「いい人」と呼ばれ続けてきた。事実、いい人だろう。何を頼まれてもNOとは言わない。笑顔で適当に受け流しておけば、それ以上深入りされないと知ってしまったから。

「ちょっと外の空気でも吸って来ようかな。ついでに星でも眺めてくる」

 そう言って久月先輩が外に出てしまえば、部室には天宮先輩と2人っきり。何を話していいかわからないけど、いつも通り話を振られるのを待つだけ。この人とは、自発的に何かを話そうとして話したことは一度もないはずだ。

「佳介」
「はい」
「久月を頼む」

 言葉の意味がわからなかった。「頼む」って。むしろ同じ学年で、共にこの部活で過ごしてきた天宮先輩の方が久月先輩との距離は近いはずなのにそれをどうして俺に託すのか。

「あの久月が連れて来ただけあって、お前は多分只者じゃないと思う」
「まさか、根拠が薄いですよ」
「ただ、少なくともお前といるときの久月は今までと比べて楽しそうだ」
「今までって言うと、この部室を開拓していた頃ですか?」
「ああ、それくらいのときだな」

 代替わりをして、実質今の2年生たちが部活を占拠する状態になってから久月先輩は部内での居場所を失った。それは、天文部が天文部としての活動――観測会の頻度が落ちるのと同じようにフェードアウトしていく形で。
 それと同時に物置と化していたこの部室を自分の領域として開拓し始めたときの先輩のことは話でしか知らない。だけど、俺だってあんなところにずっと1人で取り残されていたら、どこか暗いところに逃げ込みたくなる。

「あんなにイキイキとした久月を見れて俺は正直ほっとしてる。今までは本当に無表情で、ナニ考えてのか全然わかんなかったし。多分、きっかけはお前なんだと思う」
「はあ」
「だから佳介、全般的に頼むとは言わない。アイツがお前を拒まない限り、側にいてやってくれ。この、週に1回の裏部会のときだけでもいいんだ」

 天宮先輩の表情からわかるのは、天宮先輩が心底久月先輩を心配しているんだなということ。そうでなければ、天宮先輩だってこの裏部会には顔を出さないだろう。
 ついポンと、何も考えずにはいとただ一言、了承の返事をしてしまったものだから後戻りは出来なくなっていた。「久月を頼む」という言葉の本当の意味がわかったのは2年後のこと。今はまだ、その表面上の意味しかわからなかった。


(10/09/08)
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