そろりそろりと入った講義室は、この部屋が本来講義のために使用される部屋だとは思えないくらいに騒々しかった。
 天宮先輩から入ったメールで、今日の部会がここで行われることを知り、久月先輩にも「一度見てみればいい」と言われて足を運んだ天文部の表部会。

「聞いたか? 美術部にすげーカワイイ子入ったってよ!」
「マジで!? 今度の文化会新歓で会えないかなー!」
「お前どうせ酒の勢いに任せてヤろうとしてるだけだろ」
「失礼な、その子がどんな子かしっかり見定めてからオトモダチになるだけだってー!」

「あー、てかどっかにイケメン転がってないかなー」
「アンタの顔じゃムリムリ!」
「そう言うアンタだってその顔で言う?」
 まあ何て言うか、会話内容は耳を覆いたくなるような内容で。何処となくここにはい辛いな、と思い始めていると左側からかかる声。

「先輩ですか? それとも1年?」
「あ、1年です」

 俺を先輩か1年か訪ねるということはこの人も恐らく1年生だろう。上級生ならまず俺を先輩だと思うはずもないだろうと見て。
 このぎゃあぎゃあと騒々しい空間に於いて、彼の放つ空気というものが落ち着いていて、そこだけ違う雰囲気を纏っているのがわかる。
 そんな彼は座っていても身長が高いのがわかる。俺より多分7〜8センチは高いだろう。綺麗な黒髪に、はっきりとして整った顔立ち。天宮先輩とはまた違うタイプだけど、男の俺から見てもカッコイイ。
 恐らくは先輩であろう女の人からの視線や声も彼に向けられているのがわかったし、彼も注目を受けているのを自覚しながらそれを上手くかわしている。

「ここ、座れよ」
「どうも」
「名前は?」
「棚橋佳介。そっちは?」
「瀬野雨音。雨に音で、アマネ。学部は?」
「社学だよ。瀬野君は?」
「俺は文学部。よろしく」
「うん、よろしく」

 必要以上に話をしないのは、部室での久月先輩との時間に通じるものがあるなと思った。そして、互いのことを探るように、あくまで天宮先輩の議事進行を遮らない程度に会話を続ける。

「棚橋はどうしてこの部活に?」
「俺は入学してすぐの頃にチラシもらって。こっちでやってる部会に出るのは初めてだけど、今までは部室の方にいたんだ」
「えっ、あの「部室の主」がいるっていう、部室?」
「そうだよ」

 瀬野君曰く、1年生の間でも部会に出ずに部室にこもる上級生がいるという話は周知の事実だったらしい。だけど、それがどんな人、どんな状態なのかまでは恐れ多くて確かめるまでには至らなかったらしい。
 そんな中、今までそこにいたという俺の存在が彼に与えた衝撃はとても大きかったらしく、それまでのクールさはどこへやら。彼は俺の今までの天文部としての活動を根掘り葉掘り聞き始める。

「普段何やってんの?」
「本を読んだりしてるかな。あと、星の観察条件や流星群について教えてもらったり」
「そっちの方がちゃんと天文部だな」
「そっちは普段何やってんの?」
「こっちは飲み会の会議ばっか。ホントに天文部なのかも怪しいってくらいには星についてノータッチ」

 どうやらその辺は先輩たちの話通りのようだ。星についてはノータッチで、今も黒板に書き出された行事予定に並ぶ「観測会」の文字がナンダカンダと妙な理由を付けられて「延期」という名で却下されたところだ。

「瀬野君は、どうしてこの部活に?」
「笑わないか?」
「笑わないよ、内容にもよるけど」
「受験のとき、勉強に飽きて空眺めてたら流れ星がすっごい流れててさ」
「うん」
「後から調べたらちょうどそれが流星群の極大の日だったらしくて。短絡的と言えば短絡的だけど、それから星に魅せられたんだ。俺、名前が「雨音」っていうだけあって雨男でさ。ああいうの、見たことなかったら感動して」
「へえ、いい話だね」
「で、ちょっとは同じ嗜好の人がいるかなと思ってこの部活に入ったらこうだよ」

 教室からは相変わらず天宮先輩の議事進行を遮るかのような喋り声。きっとこれに黙りこくって圧倒されているのが1年生で、雑談ばかりしているのが2年生。教室の後ろのほうで溜め息をついているのが3年生以上なのだろう。教室いっぱいを埋め尽くさんばかりの人数をまとめるのはさぞ天宮先輩もストレスが溜まるだろう。

「はい! とりあえず新歓については高橋が幹事っつーことで!」
「えー!? アタシですかぁー?」
「1人が嫌だったら誰か巻き込んでいいから。つーか持ち回り制なんだから今更文句言うな」
「だって新歓とかめんどくさいじゃないですかぁー、みんな同じシーズンにやるから居酒屋の予約も取れないしー」

 あ、天宮先輩の眉間にシワが寄ってる。

「ねえ瀬野君」
「ん?」
「部長って、いつもこんな感じ?」
「今の2年生からは前の部長との比較で無能扱いされててナメられてる状態。俺は今の部長もデキる人だと思うけど」
「前の部長ってそんなにデキる人だったの?」
「2年生の話を聞く限りじゃ」
「3年生や4年生の人は部長をフォローしないの?」
「3年はほとんど幽霊化してるし、来てる人もそこまで表立ってフォローしようって気はないっぽい。だから孤軍奮闘状態」
「ふーん」

 結局こっちの初部会で印象に残ったのは、今も耳の奥に残る小汚い内容の雑談と天宮先輩の眉間のシワ、それと瀬野君。部会が終わって講義室の外に出た瞬間ほっとしたのは言うまでもない。やっぱり、俺の天文部としてのメインフィールドはあの部室くらいがちょうどいい。

「じゃ、俺はここで」
「棚橋、飯行かないのか?」
「ああ、俺は今から――」

 とっさに「部室に行くから」というのを隠してしまったのは、「居場所を奪われたくない」って言ってた久月先輩の顔が浮かんだからだろう。

「自分の部屋にご飯あるし、今から作ろうと思ってさ」
「なんだ、じゃあ俺も帰ろうかな。あ、その前にケータイ。せっかくだし、アド交換しとこうぜ」
「うん」
「お前、こっちにはほとんど来ないんだろ?」
「え?」
「お前の目を見てて思った。表情こそ笑顔だけど、実際この「部活」には大して興味もないんじゃないかって」

 言い得て妙である、と。
 そんなに今日の俺はわかりやすかっただろうか、それならもうちょっと思ったことを悟られないようにしないと。

「じゃあ今度、お前が「こっち」に来るときな」
「うん」

 部活関係では3人目となるアドレスの交換が終わり、俺はその背中をただただ目で追った。ただ、この時の俺は思っただろうか。今日出会った彼が、これから先の学生生活の中でも深い付き合いになっていくということを。その背中が完全に見えなくなったのを確認して、俺も本来の部活動を開始するために部室に向かって歩き出した。



(10/08/13)
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