ただ生きることに意味を感じられなくなったなら、星を眺めて。
 昼でも夜でもやることは変わらない。昼に思い描くのは、夜に見えるのと逆の空、それでいい。何も、見えないからそこに存在しないっていうことはない。それに、星は見かけ上は存在していて、既に消滅しているっていうパターンも。

 手には新入生勧誘用のビラ。貴弥が「いるからには配る配らないに限らず持っとけ」と無理矢理押し付けてきた物だ。
 「アットホームな雰囲気です」「星に詳しくなくても大丈夫」「イベント盛りだくさん」「友達もたくさん出来るよ」「君の居場所はきっと見つかる」

 甘い誘い文句が躍る紙を1枚、ビリビリに破いて風に乗せた。今の季節なら桜吹雪に混じって何が何だかわからないし、ごまかしも利く。
 「アットホーム」は単なる馴れ合い、「星に詳しくない」は誰も学ぼうとしない結果、「イベント」は月1回以上ペースの飲み会であって星には関係ない。「友達」は措いといて、「君の居場所」? 冗談じゃない。
 また私の居場所を奪いに来る連中が増えるのかと思うと、新入生勧誘というイベントに何の意味があるのか。もはや「天文部」という名前に沿った活動など何もしていないというのに。

 桜並木の木陰で座り込んでいると、いろんなサークルの人が新入生を確保しようと躍起になっている。それこそ、明るく楽しいキャンパスライフを謳歌している。それに比べて私は一体何なんだろう。
 今はもう、天文部内じゃ幽霊部員と認識されていると言っても過言では無いかもしれない。それでも一応観測部長という役職を持っていて、定期的に行われるはずの観測会の日程を組み込んでいる。

 貴弥の代、つまり今の私たちの代になってからは部活が部活として機能しなくなった。あれは、私たちが2年の秋の頃だったと思う。それまでは「アットホーム」も嘘じゃなかったし、「イベント」に関してもちゃんと星の成分があった。何より、私の居場所もちゃんとそこにはあった。
 それが今じゃ、色恋や酒盛りのことばかり考えてる連中の集まりになってしまったように思う。部会も部会になってないし、たまに飲み会に参加しても、タバコの煙のおかげでまともに呼吸が出来なかったのを覚えている。

 ああ、この雰囲気が嫌ならここではないどこかで、ひっそりと居場所を造ればいい。そう気付いてからは早かった。

 今では物置になってしまっている部室を整理して居を構えた。とは言っても、1人が座るのもやっと。だけど、机と椅子がワンセットあれば、それだけで私は天文部としての活動が出来る。
 それをどこから知ったのか、たまに貴弥が顔を出すようになった。部活の行事予定表を片手に眉間に寄るシワが見ていられなかった。あの連中を1人で切り盛りさせているのかと思うと多少申し訳なく思ったけど、私があそこにいることで解決することでもないし、貴弥は飲み会とかのイベントも嫌いじゃない方だという認識だったから。

 物置状態の部室に、机と椅子がもうワンセット増えた。

 向かいの席では、部活で講読している天文雑誌を読んでいる私に対して1コ下の学年の人たちや、お前はまだまだ甘いと説教を垂れる上級生に対する愚痴が繰り広げられている。私はそれをうんうんと聞きながらも、心からの返事はしていなかった。貴弥本人もそれは知っていて、ただ単に捌け口が欲しかっただけなのだ。
 うんうんと生返事をしながらも、私は宇宙に漂う術を探していた。余計なことを何一つ考えずに済む、理想郷へ。想像を超える方法でこの精神を、何とかしてこの肉体から離脱させられないだろうか、と。生きる必要のない、どこかへと逝ってしまいたかったのだ。


 ねえ、どうして死んだ人のことを、「星になる」なんて表現をするの?


「おねがいしまーす、おねがいしまーす」

 遠くに聞こえる新入生勧誘の波の音。いつの間に私は昔のことなんか思い出していたんだろう。
 ふと空を見上げ、今この場所にある宇宙を想う。この季節、この時間、この方角なら、この手を伸ばした方向にあるのはどんな星だろう、と。

 貴弥の手前、そろそろ形だけでも勧誘をしているように見せようと立ち上がる。急に立ち上がったから、眩暈がした。ああ、太陽が眩しい。あれも星だ。昼でも見える肉眼で星という意味ではとんでもない存在だと思いながら。

 またいい風が吹いて、ビラをもう1枚桜の花びらに混ぜた。ああ、風になびく髪が重い。
 そんなことを思いながらきょろきょろと辺りを見渡していると、視界の端にいたのはいかにもな1年男子。ただ、纏わせる雰囲気がこれからキャンパスライフを送る希望に満ちたものではなく、どこか儚げな。


「興味あったら、見に来て」

 その男の子にビラを手渡したのに、特に深い理由はなかった。ただ、何となく「予感」はして。久し振りに、哀しいさよならまでのカウントダウンを始めようかな、という気になったのかもしれない。


end.


(10/06/18)
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